大量殺処分は「災害」なのか アグリラボ所長コラム
2023.01.27
(写真はイメージ)
高病原性鳥インフルエンザが全国各地で猛威を振るい、昨年秋以降、25道県で計70例(1月末現在)の発生があり、殺処分の対象は1235万羽を超えた。大半は卵を採取するための鶏で、全国の飼育数約1億3000万羽の約1割に達する。それでも流行の季節はまだ半ばで、春まで万全の警戒が必要だ。
この事態を受けて政府は昨年12月22日と今年1月13日に首相官邸で関係閣僚会議を開き、農場での緊急消毒の徹底を指示した。また岸田文雄首相は今年1月23日の施政方針演説で「機動的に自治体を支援するなど、大雪や鳥インフルエンザなどの対応に万全を期す」と述べた。国、自治体、現場が危機意識を共有し、対策を強化する姿勢は評価できる。しかし、鳥インフルエンザは大雪と同列の「災害」なのか。
感染ルートは渡り鳥の可能性が高く、確かに感染自体は「災害」かもしれない。しかし大量殺処分は「大規模・過密」の飼育方法に起因し、農業政策の課題だ。今季の流行に伴う殺処分は、青森県内の農場の約137万羽を筆頭に、約130万羽(新潟県内の農場)、約104万羽(茨城県内の農場)と、大規模農場で頻発している。
養鶏業は他の農業分野に先駆けて経営規模の拡大とインテグレーション(集約化)が進み、今や1戸当たりの平均飼養羽数は7万5900羽(2022年)と、10年前の1.6倍に増えた。50万羽以上の経営も55戸ある。これらの養鶏場は自動化・省力化を徹底し、農場というよりも工場だ。養鶏を追うようにして養豚、酪農、肉牛の肥育でも集約化が進展しており、安倍晋三政権以降の農業政策は、畜産だけでなく稲作などでも規模の拡大を推進している。
経営規模の拡大は、担い手が減少する中で生産を維持するためには避けられない面があるが、経営の効率化とともにリスクも増大する。昨年からの飼料や肥料の高騰による打撃は、規模の大きい経営ほどダメージが大きく、昨年9月9日には畜産業大手の神明畜産(東京都東久留米市)が、グループ2社とともに東京地裁に民事再生法を申請した。負債総額は3社合計で約574億円にのぼる。
倒産に至らなくても、行きすぎた規模の拡大が持続可能でないことは明らかだ。家畜の大規模・過密飼育が大量の殺処分に直結することは、2010年に宮崎県で発生した口蹄疫で経験し、最近では20年~21年の鳥インフルエンザの大流行で計約987万羽を殺処分している。
養鶏業は大規模・集約化によって、生でも食べられる安全な卵を安価に供給してきたが、1000万羽規模の殺処分を伴うような経営規模の拡大は、動物福祉や倫理の面だけでなく、経営の面でも明らかに限度を超えている。
大量殺処分は一過性の災害ではない。増大するリスクから目を背け、農業の成長産業化の柱として経営規模の拡大をひたすら追求する農業政策に対して、「行きすぎた規模拡大に歯止めが必要」という警告として受け止めるべきだ。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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