しょうゆ屋、木桶を作る 熟成で複雑なうま味 畑中三応子 食文化研究家
2023.01.23

年末年始は煮物など和食を作る機会が増え、しょうゆを使う量がいつもより多くなる時期。しょうゆには白、淡口、濃口、再仕込、たまりの5種類があり、地域や家庭それぞれ特色のある使い分けがされる。九州と北陸に特有な、甘口しょうゆというジャンルもある。
基本的な醸造法を簡単におさらいすると、まず蒸した大豆と炒った小麦で麹を造る。麹と塩水を混ぜ合わせた「もろみ」を発酵、熟成させて搾り、熱を加えて発酵を止め、色や香りを整えれば完成。火入れを行わず、精密なフィルターでろ過した生しょうゆも最近人気がある。
しょうゆの発酵と熟成には古来、木桶を使ってきた。その木桶を手がける職人が残りわずかになったことから、しょうゆ屋自ら木桶を作る「木桶職人復活プロジェクト」を立ち上げたのが、香川県・小豆島にある「ヤマロク醤油」の5代目、山本康夫さんだ。(写真:木桶を作る山本さん=本人提供)
きっかけは2009年、大阪・堺の大桶を作れる日本唯一の製桶所に新桶を発注したとき「しょうゆ屋の依頼は戦後初。21世紀に入って作ったのは酢・日本酒用各1本、みそ用2本だけ」と聞いたことだった。職人は高齢で、跡継ぎはいない。
木桶は一度作ると100年から150年は持つから自分の代はよいが、このままでは子や孫は木桶仕込みができなくなる。危機感を抱いた山本さんは製桶所で修業し、技術を習得した。いまでは木桶仕込みを続ける全国の蔵元を中心に、料理人、大工なども集まって年に一度、1月に小豆島で新桶作りに取り組んでいる。
技術を広く共有することで、木桶の組み上げと修理のできる人材が増えつつある。木桶仕込みにこだわるのは、天然醸造でしか出せない味。どの蔵元の製品もしょっぱくなく、まろやかなのが特徴だという。
木桶の表面を拡大すると無数の小さな穴があき、発酵の主人公となる乳酸菌と酵母菌がすみついていて、その土地、その蔵特有の生態系をつくっている。
冬に仕込んだもろみには、木桶にすむ微生物が入っていく。木桶は熱を通しづらく、もろみの温度変化が少ないため、ゆっくりじっくりと発酵を続け、熟成するうち、複雑なうま味を身につける。菌の生態系の違いが味を決め、それぞれのしょうゆの個性になるというわけだ。
プロジェクトの目標は現在、しょうゆ全体のわずか1%しかない木桶仕込みの国内流通量を2%に、さらにしょうゆ輸出総売上額の1%に引き上げること。そのため全国の蔵元25社が連携して「木桶仕込み醤油輸出促進コンソーシアム」を組織し、木桶文化を世界に紹介する海外向けウェブサイトを開設した。
2022年7月には、米サンフランシスコのツイッター本社ビルで現地シェフを集めて試食会を行った。今後はしょうゆの科学的分析を進め、エビデンスに基づく特性などを情報発信していきたいという。
山本さんたちの、守るだけではない攻めの姿勢には、日本の食文化が新たなフェーズに入ったことを感じさせる。私たちがチーズ、バルサミコ酢といった欧米の発酵食品を取り入れてきたように、伝統的なしょうゆが海外で家庭の食卓に活用される日は近いかもしれない。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年1月9日号掲載)
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