在宅高齢者増え市場拡大へ 栄養補給食品、低栄養を回避 泉尾尚紀 矢野経済研究所フードサイエンスユニットニュートリショングループ主任研究員
2023.01.16
日本人の平均寿命は世界でもトップクラスにあるが、2000年に世界保健機関(WHO)が「健康寿命」を提唱して以降、寿命を延ばすだけでなく、いかに健康に生活できる期間を延ばすかに関心が集まっている。
健康寿命は「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されており、平均寿命と健康寿命との差は、日常生活に制限のある「健康ではない期間」を意味する。日本人の場合、この差は男性で約9年、女性で約12年ある。
誰しもが健康でありたい、健康寿命を延ばしたいと思う。生活の質の低下を防ぐことで豊かな老後の生活を楽しむことができる。社会保障制度を持続可能なものとするためにも、健康寿命の延伸は社会的課題である。
低栄養から負の連鎖
高齢者のフレイル(虚弱)が注目されている。フレイルとは体重の減少、疲れやすさ、歩く速さや筋力の低下などがみられ、そのままでは要介護の状態になる可能性が高い状態をいう。
フレイルの状態から、筋肉量が低下するサルコペニアや、骨や関節、筋肉の障害により歩行や日常生活に支障をきたすロコモティブシンドローム(通称ロコモ)が発症し、さらに寝たきりの状態につながる。この負の連鎖の大きな要因が低栄養である。
低栄養状態を回避するには、運動と栄養素の摂取が重要である。高齢者は入院患者、施設入所者、在宅の療養者や健常者にかかわらず、何らかの低栄養状態にある。
主に病院や高齢者施設で使用される臨床栄養食品の一つに流動食がある。その使用により、エネルギー、タンパク質、糖質、脂質、ビタミン、ミネラルなどの栄養を1食分、ないしは1日分、総合的に摂取できる。流動食は経口、経管(経鼻、胃ろう)で摂取され、液体を中心に半固形や固形の形状がある。
多様化する栄養補給食品
流動食のような総合栄養食品ではないものの、不足する栄養素を補う製品として、食事に栄養をプラスする「栄養補給食品」があり、市場が拡大している。
栄養補給食品は病院や高齢者施設において、カロリー摂取や疾病治癒を目的に、患者や高齢者のさまざまな状態、容態、病態に応じた補助的栄養の役割を担っており、液状、ゼリー状などの製品が経口摂取されている。在宅では栄養改善や介護予防を目的に利用されている。
参入メーカーは流動食に似た栄養バランスの製品から、創傷治癒促進、床ずれ対策やビタミン補給に特化した製品まで品揃えしている。
栄養補給食品は補食的(おやつ、エネルギー補助)に利用される製品が多く、さまざまな成分を強化している。エネルギーやタンパク質、必須アミノ酸、ビタミン類、食物繊維を付加した製品が多い。従来のゼリーやプリンのように病院や高齢者施設の給食で喫食されていた製品も含めると、多種多様な製品がある。
栄養素強化のトレンド
栄養補給食品はさまざまな栄養素を強化しているが、製品の多様化を背景に個々人の状態、容態に合わせた選択ができるようになっている。近年のトレンドは高カロリー、高タンパクである。
高カロリー製品はエネルギー密度が、1.5~2㌔㌍/㍉㍑(さらに上回る製品もある)と高い。メーカー各社が発売し一般化しており、食の細くなった高齢者にとって、少量で高カロリーを摂取できるため、エネルギー不足を補うことができる。
高齢者の低栄養問題では、タンパク質の不足も大きな課題である。タンパク質の含有量を増やした製品を発売するメーカーは多く、1パックに9.0㌘を配合する製品もある。タンパク質とエネルギーの強化は栄養補給食品の大きな流れで、こうした製品を高齢者が食べきれ、飲みきれるよう、味や食感の改良にも取り組んでいる。
脂質摂取のため、長鎖脂肪酸トリグリセリド(LCT)と中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)を配合することもトレンドである。LCTは必須脂肪酸であるリノール酸や、α-リノレン酸などの重要な成分を含んでいる。一方、MCTは貯蔵脂肪とならず吸収が速く、速やかにエネルギー源として利用される特長があり、メーカーは両者を組み合わせ、効率的に脂質を摂取できるよう工夫している。
カギ握る在宅高齢者
栄養補給食品市場は、高齢者の低栄養を改善する有効手段として、病院の入院患者や高齢者施設の入所者の補食(おやつ・デザート)需要が安定的に伸びており、今後も市場拡大が予想される。一方、在宅高齢者についても、長期的な高齢者人口の増加による潜在市場の大きさから、それを取り込むことで、今後も市場拡大が予想される。
ドラッグストアやネット通販を中心に、販売チャネルを開拓するメーカーもあり、未病や健康な高齢者にも製品が認知されることで市場を後押しすると考えられる。高齢者の低栄養問題を解決すべく、大手食品メーカーが在宅分野で本格参入している。
市場拡大に向けた最も重要な施策は、栄養補給食品の使用方法や効果を、在宅高齢者やその家族に知ってもらう啓もう活動である。
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