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温まって地域に触れる  銭湯がつなぐ都市と農村  沼尾波子 東洋大学教授

2022.10.24

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温まって地域に触れる  銭湯がつなぐ都市と農村  沼尾波子 東洋大学教授の写真

 かつては、多くの人々が利用していた銭湯。だが、自宅に風呂のある暮らしが一般的となり、その機能と役割は変化を遂げる。東京都内でも銭湯の数は年々減少している。

 地域で顔の見える関係が希薄化する今日、銭湯はコミュニティーのつながりを育む重要な拠点の一つでもある。皆でお湯を楽しむ文化を守りつつ、新たな魅力を創出できないか。

 これに対し、東京都足立区浴場組合では、銭湯を都市と農村の交流拠点にするユニークな取り組みを主催している。

 その名も「香り湯プロジェクト」。これは1~2カ月に1回、「香り湯」の日を定め、全国各地の産地と連携をして、その土地の旬の実りをいただき、足立区内にある26軒の銭湯で、その香りを楽しむというものだ。

 1月:秋田県鹿角市のりんご湯、2月:愛媛県伊予市の伊予柑湯、4月:山口県萩市の夏みかん湯(写真)、6月:熊本県八代市のいぐさ湯、9月:徳島県神山町のすだち湯、10月:大分県臼杵市のかぼす湯、11月:長野県山ノ内町の林檎湯と、その時々の旬の香りが届けられる。

 規格外の果物や、商品の端材となった余剰生産物を利用し、公衆浴場でたっぷり活用することで、豊かなお風呂のひとときが創出されている。

 香り湯の実施日には、産地から生産者が足立区内の各銭湯を訪れ、農産物の販売が行われることもある。近年では、感染症拡大により販路がなくなった農産物の販売支援や、自然災害で被災した地域に対する募金活動も実施されている。銭湯という場で、農家と都会の生活者が出会い、交流が生まれている。

 プロジェクトはSNSでも発信され、都内に住む地元出身者が銭湯を来訪し、懐かしい香りを愉しむこともあるという。感染症拡大以前には、近隣の飲食店と連携を図り、各地の農産物を利用した飲食メニューの提供も行われていたそうだ。

 銭湯という場で、香りを媒介に、都市と農村がつながる。その香りは果実にとどまらない。熊本県八代市のいぐさを活用したいぐさ湯は、リラックス効果もあり話題となった。

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いぐさ湯で使う畳の端材、撮影:小野悠介
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 使用するいぐさは足立区内畳店の提供によるもので、国産(八代産)いぐさを用いた高級畳の製造過程で出た切れ端を巻いたものだ。顔に近づけると、畳替えをしたときのさわやかな香りがする。端材をすぐに捨ててしまうのではなく、楽しく利活用でき、さらに端材をみて畳づくりに関心を持つ人も出てくる。

 このいぐさ湯は話題となり、全国各地の銭湯で導入する動きが広がっているという。

 香り湯で温まり、地域に触れ、生産者との交流もできる。そんなひとときが銭湯で創出されている。次回は10月30日の臼杵かぼす湯。行ってみるか。

(Kyodo Weekly・政経週報 2022年10月10日号掲載)

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