「食料安保」は錦の御旗か 生産者優遇の農水予算膨張 アグリラボ所長コラム
2022.09.04
ウクライナ戦争など「有事」を受けて、国の予算は防衛費を中心に大きく膨れ上がる。2023年度予算の概算要求は110兆円を突破した。農林水産省の予算も例外ではない。食料安全保障を名目に大幅に増額される。しかし、本コラムで再三指摘しているように、食料安保は幅の広い概念であり、国民にとって何が課題なのか具体的に詰め、施策の優先順位を明確にしなければ、生産者だけを優遇する「つかみ金」の批判を招きかねない。
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農水省は概算要求として8月末に「国産の穀物や飼料の生産基盤の拡大」を目指し、22年度当初予算より17%も多い2兆6808億円を求めた。同省は食料安保の「確立」と「強化」を使い分けている。概算要求は「確立」のための予算であり、「強化」は別枠というわけだ。
概算要求の大半は既存の事業を軒並み横並びで増額する内容で、新規事業はほとんどない。「強化」のための予算は金額を示さず上限に制限がない「事項要求」とし、年末までの予算編成過程で詳細をつめて上乗せする。
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野村哲郎農林水産相は、食料安保の別枠予算について「これはもう絶対やらなきゃならない」(8月10日の就任会見)と述べ、予算の上積みに強い意欲を示している。さらに補正予算でも食料安保を重視する声が上がっており、食料安保予算は2段、3段重ねになりそうだ。
農水省は、予算増額の根拠として「食料安保」を「食料の安定供給」という狭い意味で使い、実質的に「生産基盤の強拡大」にすり替えている。この発想の最大の問題点は、消費者の視点が完全に欠如することだ。野村農相は概算要求に関する8月30日の会見で「消費者」について一言も触れなかった。
もちろん生産基盤の拡大は重要だが、効果が現れるまでに時間が掛かり、効率的かどうかの検証も困難だ。食料安保は生産だけでは達成できない。バランスの取れた栄養を十分に取れない家庭への目配り、確実な農産物の輸入や円滑な物流、備蓄の積み増しも重要であり、効果も大きい。
農水省は「世界で食料需給のリスクが高まっている」と強調するが、アフリカなどで深刻さを増している飢餓を意味する食料安保と、日本の生産者が資材費の値上がりで困窮している(だから財政支援が必要)という問題は、まったく次元が異なる。
農政の関係者は、「食料安保」という幅の広い概念を安易に使うべきではない。「食料の安定供給」「国内生産の増強」「生産基盤の拡大」など、文脈に応じて厳密な用語を選ぶべきだ。農水省が意図的に食料安保の概念を曖昧にして都合よく使い分け、それを錦の御旗にして予算の増額を狙っているとしたら、飢餓に直面している人たちに対する国際的な背信行為だ。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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