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欠ける生活者目線  生産に偏る食料安保議論  アグリラボ所長コラム

2022.06.05

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 食品の値上げが相次いでいる。夏以降も一段の値上がりが確実で、消費者は不安を募らせている。背景には新型コロナの感染拡大やロシアによるウクライナへの侵攻があり、食料安全保障に対する意識が高まってきた。

 自民党は224日に「食料安全保障に関する検討委員会」(委員長・森山裕元農相)を設け、肥料など農業生産に必要な資材の確保や価格高騰への対策をまとめるとともに、「食料安保予算」を既存の農林水産予算とは別枠で確保するよう政府に要望している。岸田文雄首相もこの数週間の国会答弁で「とりわけ、食料安保という考え方は重要だ」と繰り返し、呼応する。

 参議院選挙を控えていることとは無関係だと思いたいが、予算措置も迅速だ。ある自民党の有力農林議員は「予備費から5000億円をどう使うかという議論になり、3000億円をガソリン価格の高騰対策、残りの半分の1000億円を農業資材の高騰対策に使うことになった」と、金額に積算根拠がないことを明かす。

 食料や農業について真剣に考えること自体は重要で望ましいことだが、国内の農業生産に議論が偏り、予算の確保が先走りすることを強く懸念する。食料安保は本来、極めて幅の広い概念で国民全般に関わる課題だからだ。

 国連食糧農業機関(FAO)は食料安保を「すべての人々が、活動的で健康的な生活のための食事ニーズと食品の好みを満たす十分で安全で栄養価の高い食料に、物理的、社会的かつ経済的に常時アクセスできる場合に存在する状況」と定義しており、アクセス(調達)という消費者目線を基本にしている。

 ところが農水省は、食料安保について「国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄とを適切に組み合わせて行われなければならない」と説明している。これは食料・農業・農村基本法の「食料の安定供給の確保」(22項)の引き写しであり、食料安保を「安定供給」という極めて狭い概念として捉えている。

 農水省の説明を善意に解釈すれば「(所管する)国内の農業生産の増大に責任を持つ」という強い使命感だ。しかし、裏返せば「所管外のことには関与しない(その結果、食料難が現実になっても責任は負わない)」ということであり、この弊害はとても大きい。

 食糧管理法は既に廃止され、消費者目線とは正反対の「供給」という発想自体が時代遅れだ。食料安保上、極めて重要な課題であり、近年複雑化しているサプライチェーン(供給網)やフードチェーン、FAOの定義にあるような「食品の好み」や「高い栄養価」、さらに環境政策や労働政策との調和については、農水省の所管外であるため議論が深まらない。

 その結果、現在の差し迫った食品価格の高騰に対する生活弱者に対する支援策は、農水省からは出てこない。例えば、こども食堂への食材無償配布、外食での食べ残しを削減するため「完食」した顧客へのクーポン配布、賞味期限切れなど「訳あり食品」を格安で販売する店舗やネット通販に対する補助、民間備蓄の機能を持つ在庫積み増しに対する支援などは、消費者の不安を鎮める上で即効性があり、予算規模もささやかだと思われるが、農水省からみれば「所管外」なのだろう。

 食料安保は、縦割り行政では達成できない。「供給」だけを切り離して論じてもほとんど意味がなく、生活者・消費者の目線が不可欠だ。(共同通信社アグリラボ所長 石井勇人)

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