海を守るツールになるか 水産養殖の課題 佐々木ひろこ フードジャーナリスト(Chefs for the Blue代表)
2022.09.26
「天然資源が減って海が大変な状況なので、養殖魚に切り替えていくべきなんですよね?」
講演やシンポジウムで私たちの活動や思いをご紹介すると、このようなご意見、ご質問をいただくことがある。海の危機についての報道がぐんと増えたここ数年は、特に多いように思う。(写真:ノルウェーのアトランティックサーモン養殖場)
水産養殖は水産物の安定供給のためにも、今後世界中で需要が増す分野だと思っている。一方で日本の現状を見渡したとき、"海を守るために養殖魚を選ぶべし"というストーリーには、残念ながらあまり説得力がない。なぜならそもそも日本の魚類養殖が、天然資源に頼るスキームで運用されてきた産業であるからだ。
少し詳しく説明してみよう。まず種苗(稚魚)の問題がある。親魚から採卵し、人工ふ化させた稚魚、つまり人工種苗を育てるマダイやトラフグなどの「完全養殖」は別として、ブリやウナギ、クロマグロをはじめ大規模展開している多くの養殖場では、海で獲った稚魚(天然種苗)をいけすに入れて育てる「蓄養」が主流だ。
つまり資源的に見れば、蓄養は天然魚の漁獲と変わらない。海を守るためには、完全養殖増産に向けたさらなる研究・種苗増産体制が必要だろう。
さらに飼料の問題がある。日本人が食べる魚は、コイなど一部の淡水魚を除き肉食・雑食なので、養殖飼料もサバやサンマ、イワシ類などの多獲性魚種が主原料となる。
魚を1㌔太らせるために必要な飼料は、ブリやマダイで2.7~2.8㌔、クロマグロではなんと15㌔。つまりたとえ養殖魚を選んだとしても、間接的に多くの天然魚を消費することになるわけだ。
このような天然資源に頼る生産スキームの問題点は指摘が多いことから、現在、植物性飼料や昆虫飼料など新分野の飼料開発が進められている。産業の未来は、これらの行く末に直結するのかもしれない。
最後に、水産養殖に伴う環境負荷の大きさも長年議論されてきたポイントだ。海面養殖であれば水質管理や抗生物質の使い方が、莫大なエネルギーを必要とする陸上養殖ならCO²排出量の抑制などが、課題として挙げられるだろう。このような環境負荷低減を目指したさまざまな取り組みが形になってはじめて、養殖魚が日本の海を守るツールになり得るだろう。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年9月22日号掲載)
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