弁当作りはSTEAM教育 上岡美保 東京農業大学教授 「子どもが作る弁当の日」コラム
2022.06.29
弁当作りを通して子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」。食育の効果を研究する東京農業大学の上岡美保教授が、STEAM教育の視点から「子どもが作る弁当の日」を考察した。(写真:「弁当の日」応援プロジェクトより、撮影:子どもが作る弁当の日提唱者・竹下和男、以下同)
今わが国では、子どもたちの教育として、STEAM教育の強化が求められています。STEAMは「科学(Science)」「技術(Technology)」「工学(Engineering)」 「芸術・教養(Art)」「数学(Mathematics)」の頭文字。「A」は芸術のみならず、文化、生活、経済、法律、政治、倫理などを含めた広い意味で捉えられています。こうしたさまざまな学習を通して、課題解決力を養うことも期待されています。
でもSTEAMは何も特別な教育ではありません。初歩の学びは、実はお弁当作りの中にもあるのです。
「何を入れようか?」 メニューを考える
子どもが自分でお弁当を作ろうとするとき、まず考えるのは、お弁当の中身。単に入れたい料理を考えるだけでなく、完成のイメージをビジュアル的に考えたり、栄養バランスを考えたり。栄養学的視点や芸術的視点から脳が駆り立てられます。
さらに、いつどのように食べるのかとお弁当を食べるシーンや仲間を想像して、心はドキドキやワクワクが感じられることでしょう。
メニューが決まれば「どんな食材や調味料を使えばいい?家にあるものとないものは?作り方は?分量は?」。それを知るためには、お母さんなどの家族に尋ねたり、自分で本やインターネットで調べたりという作業をしなければなりません。
これらを実現するためには、コミュニケーション力や物事を調べる探究力などを駆使して、その課題に挑む必要があります。子どもは大いに脳を働かせて、考え、悩み、模索することでしょう。
「どこに売っているの?」 店を選び、買い物に
次に必要なことは、食材調達とそのためのお店選びです。つまり、自分の住んでいる街や地域の探索です。普段何気なく家族の買い物に付き合ってはいるかもしれませんが、いざ自分が責任を持って買い物をするとなると、どこにどんな店があるか、自宅から近いところはどこかなど、地理学的な視点でも考えなければなりません。
近くに商店街があって、八百屋や肉屋、魚屋などの専門店があるかもしれません。専門店とスーパーマーケットでは何が違うのでしょうか。あるいは地域によっては、商店街がシャッター街になってしまっているかもしれません。どうして店がなくなってしまったのかなど、流通の構造や地域の課題に触れることもあるでしょう。
当然ですが、買い物はいくらでもお金を使っていいわけではありません。お弁当の材料を購入するのに、家族から必要なだけお金をもらって買いに行く。つまり、予算内でものの値段を見ながら、必要なものをうまく購入しないといけません。欲しいものを全て買うことはできないのです。これは経済学の視点です。
「材料はどうしよう?」 食材を選ぶ
お店に行けば、今度は食材選びです。同じ野菜でも、さまざまな種類や産地があります。同じ種類によって色や形、大きさが違います。ものによってはどうやら栽培方法が違うことにも気が付きます。
肉ならば、牛肉、豚肉、鶏肉など、どの肉を使えばいいの?どの部位を使えば良い?ブロック、スライス、ミンチ?切り方にも多くの選択肢があります。それらの違いは何でしょうか。
同じ種類の野菜で色が違うのは、栄養素の違い?味の違い?有機栽培や特別栽培であることの意味は?切り方が違うと何が変わる?
いろいろ疑問に思う子もいるでしょう。そうした疑問から、植物学、生物学、栄養学、調理学、環境学、農学といった分野に興味を持つこともあるかもしれません。
いずれにしても、「今から作ろうとする料理には、何が一番適当か」を考えて、選ばなければなりません。用途、調理法などに応じて、多様な選択肢の中から、多面的にあるいは俯瞰的に料理を捉え、食材を選択しなければならないのです。
そして、お弁当といえども、さまざまな食材を選べば、買い物かごはずっしりと重くなります。「おうちの人は、いつもこんな重い思いをして、皆の食事の支度をしてくれているのか」。その苦労を知るとともに、他者への感謝、敬い、思いやりの気持ちが、自ずと芽生えてくるに違いありません。
買い物の最後には、レジで会計をすると、「袋はご入用ですか」と尋ねられます。「エコバッグを持っていきなさいと言われたけど、プラスチックの袋を使うこと、使わないことに、どんな意味があるの?」。環境について考える機会にもなるでしょう。
「どうやって切るの?」 調理スタート
さあ、食材が揃ったところで、いよいよお弁当作りの醍醐味、作る作業です。
まずは下ごしらえから始めます。すると早速課題が出てきます。調理法により熱が伝わりやすい切り方を優先するのか、それとも食べたときの食感を重視するのか。はたまた盛り付けたときの美しさを考えた切り方が良いのか。最初のイメージを想起して、切り方を多面的に捉えなければなりません。
切る方法も一つではありません。道具は何を使えばいいのか。包丁、はさみ、ピーラー、フードプロセッサー...。何をどう使えば比較的簡単に素早くきれいに調理できるのか。使ってみることで、道具の素晴らしさや先人の知恵に触れることになるでしょう。
芸術性、道具学、物理的・幾何的思考など、"食材を切る"という下処理だけでも実に多くの検討事項が存在しています。
「どんな味にする?」 五感総動員で味付け
さらに調理法はどうでしょうか。煮る、焼く、蒸す、揚げる、炒めるなどがあり、それぞれの方法によって何が変わってくるのでしょうか。
使う鍋についても、調理法によって大きさや素材、使い方が異なる多様なものが存在することを知るとともに、熱や混ぜることによる物質の変化といった物理学や化学の不思議にも触れることになります。
ちなみに、日本人にとってのアイデンティティーともいえる"ご飯を炊く"については、米の特性ごとに、いかにおいしい炊き上がり、食味に仕上げるかを追求した最新のテクノロジーが、あの小さな電気釜の中で展開されていることはいうまでもありません。
調理のクライマックスである味付けは、それぞれの調味料の量を計る、濃度を考える、味の変化を考えるなど、ここでも理科や算数の思考が求められることになります。
試行錯誤の末、何とか調理を終えれば、いよいよ味見です。そもそも、「味」にはどんなものがあるのでしょうか。甘味、酸味、塩味、苦味、そして和食特有のうまみに至るまで、まさに味は、それぞれが単体ではなく、さまざまな味が混ざり合うことで構成されます。
「味わい」は、基本五味などからなる味覚だけではなく、料理の彩りや盛り付けの見た目(視覚)、香り(嗅覚)、歯ごたえ等の食感(触覚)、食べた時の音(聴覚)といった五感が相まって作られます。
そういった意味で、味見では、まさに五感を研ぎ澄まし、すべての感覚を総動員して、繊細な味の違い、おいしさを確認する必要があります。
五感(特に嗅覚)を総動員することで脳が刺激され、活力がみなぎるといったことも、最近の研究では明らかになりつつあります。
子どもたちが料理を五感で食べることを通して、この味わいという感動を経験することで、さらに心身ともに健全に育つことが期待されます。
「どんなお弁当箱がいい?」 仕上げは盛り付け
弁当箱を選ぶのにも、様々なことを考えなければなりません。もちろん、自分の好きなお弁当箱を選んでもいいのですが、食べるのは作ってから何時間後?今の季節や気温は?どんな場所で食べる?食べるまでや食べる際の状況、条件によって、腐敗や食中毒という食品安全にも気をつけなければなりません。
時には、条件に合う機能性を考えることも求められます。軽くて、通気性に優れたものがいいのか、重くても保温性に優れたものが良いのか、かつ料理に合ったデザインや素材が良いのかを、検討する必要があります。
もちろん、お弁当箱にかかわらず、普段の料理においても、器を通して、地域の伝統工芸などの地域産業に触れることにもつながります。
最後の仕上げは、盛り付けです。この作業は、最も芸術的センスが問われます。隣り合う料理の色彩、汁のある料理とない料理の位置、移動中に崩れないような詰め方。それを踏まえた上で、全体の見た目の美しさを追求することが求められます。
通常の料理では考慮しなくても良い部分にも気を配らなければならない点で、お弁当は難易度が高いともいえるでしょう。
最高のおいしさ体験 学びが詰まる弁当作り
子どもたちがお弁当を食べる機会は、遠足や運動会などさまざまです。それは大抵、友達や先生との楽しい語らいの時間であることでしょう。
楽しいこと、笑うことは免疫力を高め、病気になりにくい身体づくりにもつながります。そして何より、自分で苦労して作ったお弁当は最高においしいことでしょう。その成功体験は、生涯忘れることがないくらいの感動を与えてくれるはずです。
こうした点で、お弁当作りは究極の探究教材といえるのです。STEAM教育に関連する学びはもちろん、伝統や文化、社会や地域の課題解決に至るまで、お弁当箱の中には、人が生きるために必要なさまざまな学びが詰まっているといえるでしょう。
上岡 美保(かみおか・みほ) 東京農業大学国際食料情報学部・国際食農科学科教授。2021年より同大学副学長および同大学「食と農」の博物館館長。専門は経営・経済農学。食料消費構造の変化に関する研究、食育の効果に関する研究を手掛ける。
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