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「カーボンニュートラル牛乳」需要増に期待  豪乳業マレニー・デアリー幹部に聞く  NNAオーストラリア

2023.05.23

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「カーボンニュートラル牛乳」需要増に期待  豪乳業マレニー・デアリー幹部に聞く  NNAオーストラリアの写真

 オーストラリアの北東部クイーンズランド州に、「カーボンニュートラル牛乳」をいち早く生産している乳業企業がある。同州マレニーを拠点するマレニー・デアリー社だ。同社は豪連邦政府の「クライメート・アクティブ・カーボン・ニュートラル基準」による認証を、酪農業界で唯一受けた。「環境意識のない企業は生き残れない」と断言する同社のステークホルダー・マネジャーのタンヤ・アリソン氏に、「カーボンニュートラル牛乳」について聞いた。(写真:カーボンニュートラル認証を受けたマレニー・デアリーの工場)

ーカーボンニュートラル認証とは何ですか


 マレニー・デアリーは近隣の13カ所の酪農家から年間1550万㍑の牛乳を集荷し、小売市場向けの牛乳を1~3㍑入りの容器で1日当たり1万~1万5000本製造しています。

 酪農家から調達した生乳を低温殺菌し、ボトル詰めする工場が二酸化炭素(CO²)の排出量と削減量が等しい「カーボンニュートラル」の認証を受けています。

 私たちがカーボンニュートラルの取り組みを始めたのは2020年で、クイーンズランド(QLD)州政府が資金を提供した「エコビズ(ecoBiz)」のプログラムの参加がきっかけです。エコビズとは企業のエネルギー効率を高め、廃棄物を減らし、生産コストを引き下げることを目的とした取り組みです。

 このプログラムを契機として、マレニー・デアリーは「QLD州で最初のカーボンポジティブな乳業会社」になるという決定をしました。

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ーカーボンニュートラルの実現方法は?


 CO²の排出をオフセット(相殺)するために、カーボンクレジット(排出権)を購入する「カーボンオフセット」の仕組みを採り入れています。実際にはCO²の排出量と削減量が等しい「カーボンニュートラル」ではなく、実質削減量がより多い「カーボンポジティブ」を達成しています。コンサルタントと契約しプロジェクトを進行していますが、最終的にはオフセットのために資金を投下している形です。

 カーボンオフセットを含めた持続可能性や環境保護をより一層向上させるため、さまざまなプロジェクトを進めています。まずはじめに昨年、組織の大規模な改革を行い態勢を整えました。

 農地保全や家畜のケアを含めたすべての分野で、成長を続けながら持続可能性を重視した経営を行うという目的を掲げ、会社のオーナーやCEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)、マーケティングや人事の責任者などをメンバーとするボード(委員会)を創設しました。

 その後工場にはインプット(投入コスト)を減らしアウトプット(生産)の最大化を目指すリーン生産方式(無駄を省いた生産方式)も採り入れたほか、酪農家から生乳を集荷する物流業者など、提携企業と協力する態勢も整えました。

 集荷車両(ミルクタンカー)の燃料効率のよい集荷方法や排ガス削減について検討しています。車両メーカーのボルボとも電動トラックの導入について協議し、海外に視察にも行きました。

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生乳を運ぶミルクタンカー


 さらに地域の酪農家と共同で、乳牛の飼料のサプリメントを開発する専門家も雇用しました。カーボンオフセットのみを排出削減の手段とするのでなく、牛がげっぷや排泄物で排出するメタンガスを減少させることや、飼料に配合されている抗生物質を減らすことが目的です。ただ、十分な効果がある飼料添加剤は現在は肉牛肥育用がメインで、乳牛に適用するにはもう少し時間がかかるようです。

 このほか、タスマニア州の企業と共同でバイオ炭のプロジェクトも実行中です。バイオ炭は、CO²を吸収する植物の生育を助けるだけでなく、炭素を安定した形で地中に封入することで排出削減を促進します。

ーカーボンニュートラルの牛乳をいち早く販売したことで、先行者利益はありましたか


 おそらく日本人にはなじみがないと思いますが、マレニー・デアリーはQLD州では強いブランド力があります(笑)。しかしカーボンニュートラルの牛乳によってどの程度、新たな顧客を取り込めたかを判別するのは、正直なところ難しいです。

 実際に全体の売上高は直近3年間で大幅に増加しました。しかし、カーボンニュートラル牛乳を導入したことが要因とは断言できません。なぜなら新型コロナウイルスの流行の影響が大きいからです。当時ロックダウンにより外食産業への需要が減少し、一方で小売り牛乳への需要が極めて大きく拡大しました。

 サプライチェーンの混乱などもあり消費者が地元産の食品に注目し、「サポート・ローカル(地元を支援)」という気運が生まれました。こうしたことが、マレニー・デアリーの業績を押し上げたと言えます。さらに昨年22年は、QLD州各地の広い範囲で洪水が発生しました。無事だった私たちしか牛乳を供給できない地域も発生しました。

 ただ、私たちのカーボンニュートラル牛乳は、消費者の環境保護への意識をより一層高めることに貢献したと思います。特に最近はウェルビーイング(心身の健康や幸福)を重視する消費者が増え、持続可能性に対する意識も高まっています。

 彼らは牛や牧草に対しどのような影響を与えるか分からないまま、地域が急速に開発される状態から立ち止まることを求めています。そうした消費者は確実に増加し、私たちは彼らの支持を受けていると思います。

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マレニー・デアリーの牛乳。右上がカーボンニュートラル認証の表示


ーカーボンニュートラル牛乳の生産コストは、従来の牛乳と違いがありますか


 認証を受けるためのオフセットのコストが追加されるので、全体の生産コストは、従来の牛乳よりも高くなります。

 現実的に実現へのプロセスは長期にわたり、時間的な負担も大きいです。契約したコンサルタントが私たちのすべてのエネルギー消費を精査し、すべての投下資本の内容も確認します。

 一方で調達や生産のプロセスの見直しを継続し、効率化を図りながら排出削減を進めることが、全体のコスト削減につながると考えています。

 特にパッケージング(包装)については、今後数年で状況は大きく変わると思います。オーストラリアでも、技術開発により革新的な解決策が提供されると期待しています。私たちは特にこの分野でのリサーチを継続する予定です。

 直接的な生産コスト削減につながるかは、まだ明確ではありませんが、私たちはアグリテック企業のセレスタグとパートナーシップ契約を結んでいます。セレスタグの技術は、低軌道周回衛星を用いた通信により、基地局を設置せずに農場でのデータ通信を可能にします。

 現在は実証実験の段階ですが、牛の耳に付けたタグにはGPS(衛星利用測位システム)や加速度計、温度測定機能などが搭載されており、牛の移動状況やエサの摂取具合がモニターでき、健康状態や受精状況まで把握することが可能です。どのような結果が出るのか楽しみにしています。

ーカーボンニュートラル牛乳の需要はどうなりますか


 消費者の環境に対する意識の高まりを考えると、カーボンニュートラル牛乳への需要は確実に高まると思います。小売り大手のウールワースやコールズが将来的に、カーボンニュートラル牛乳の販売を始めるのは間違いないでしょう。

 私たちは企業として、環境フットプリント(人間活動が環境に与える負荷)の少ない商品を生産する責任があると考えています。また、そうした商品に対する消費者からの需要は、より一層増加するでしょう。

 カーボンニュートラルの牛乳とそうでない牛乳が店頭に並んでいた場合、価格の相違が大きくなければ、消費者はカーボンニュートラルを選ぶ時代になると思います。マレニー・デアリーがカーボンニュートラル牛乳への投資を決定したのは、そのトレンドを見据えてのことです。

 環境へのインパクトを考えた場合、最終的に認証の有無にかかわらず、排出削減の強化は、現在の企業が進むべき道だとも思いますし、そうした環境への意識のない企業は、もはや生き残れない状況だと思います。

ー地域の酪農家への影響はありますか


 私たちが受けたカーボンニュートラルの認証に、個々の酪農家の事業は含まれていません。

 乳製品加工会社である私たちは、地域の酪農家から生乳の供給を受ける立場です。私たちは酪農家に対し排出削減のベストプラクティス(成功事例)を共有したいと考えていますが、酪農家はそれぞれ独自の方法で農場を経営しています。

 言い換えると、私たちは数多くのステークホルダー(利害関係者)で構成されるサプライチェーンの一部ですから、現時点ではコストがかかるカーボンニュートラル認証を取得するように酪農家に圧力をかける立場ではありません。

 しかし一方で、カーボンニュートラルへの必要性が高まる方向の中で、資金と時間が必要だからこそ、そこに至るプロセスを地域の酪農家らと共有した方が良い結果を生むか検討しています。

ー酪農家に支払う生産者乳価も過去最高水準になっていますが影響は?


 昨年2月に、私たちは牛乳の小売価格を引き上げました。生産者乳価が約15%上昇したことや、パッケージングなど生産資材の価格上昇、従業員の賃上げが大きな理由です。もちろん私たちは生産コストを顧客に転嫁したくはありません。しかし食品や飲料の価格は急激に上昇しています。急速なインフレ進行で、私たちには為す術がないと感じています。(聞き手=湖城修一)

(オセアニア農業専門誌ウェルス(Wealth) 5月19日号掲載)

【ウェルス(Wealth)】 NNAオーストラリアが発行する週刊のオセアニア農業専門誌です。

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