山村からキャビア輸出に挑む 民泊で里山文化も発信 共同通信アグリラボ所長 石井勇人
2023.05.26

新型コロナ対策の行動規制が事実上撤廃され、外食店の売り上げや旅行客数が急ピッチで回復している。コロナ禍の終息を見据えて、高級食材であるキャビアの輸出を目指す山村の挑戦を報告する。
名古屋から電車とバスを乗り継いで2時間余り。岐阜県中津川市の獺之沢(おそのさわ)地区の山あいを30分ほど登っていくと、田植えが終わったばかりの棚田の奥に再生した古民家が姿を現す。東濃建設(同市福岡)が昨年末に開業したオーベルジュ(漁家民宿施設、写真)だ。その大広間では、目の前の養殖池で育ったチョウザメ料理や、その卵を加工したキャビアがふんだんに供されるはずだ。
(孵化直前のチョウザメの卵は直径3.5㍉=大山晋也東濃建設専務提供)
建設会社とキャビアという謎めいた組み合わせの原点は、ニシキゴイだ。同建設の大山晋也専務(41)は、幼少の時に父(現同社社長)が趣味で育てていたニシキゴイの飼育を手伝ううちに、魚の魅力に取りつかれた。「思いがけず大きく育った時の手応えに心が揺さぶられる」という。
(東濃建設の孵化・幼魚施設と大山専務)
東濃建設はダム建設やため池の補修、道路や下水道工事などを手がけ、最盛期には年商2億円超、従業員14人を雇用していた。しかし2009年ごろから公共事業が減少、従業員の高齢化も進み、異業種への参入を模索した大山専務は、琵琶湖固有種の淡水魚ホンモロコの養殖に着手した。漁獲量が減少し希少な高級魚で、コイの飼育の経験があり順調に養殖できたが、販売の方法が分からず販路が広がらない。
(現在も養殖・出荷しているホンモロコ)
苦悩していた12年に、奥飛騨のホテルでチョウザメの養殖を見学し、「これだ」と直感した。すぐに茨城県から稚魚を取り寄せ、試行錯誤を繰り返した。大山専務のこだわりは、卵の孵化から手がける完全な自家養殖だ。しかもさまざまな品種を掛け合わせオスとメスの組み合わせを変えるなど、独自に品種を改良した。17年に初めて自家繁殖に成功そ、翌年にチョウザメの抱卵魚を初出荷した。
(屋外の養殖池に放つ前の2歳の幼魚)
その後も飼育方法を改善し、屋外養殖池は11面、約2㌶に拡大した。池の深さは約3㍍、自由に泳ぎ回れる環境を維持するため1000平方㍍に約70匹と、飼育密度は低い。養殖池が目と鼻の先にある利点を生かして、低塩分で低温殺菌しない新鮮なキャビアをそのまま瓶詰めにした。大山専務は「(稚魚を購入して成長させる)畜養はただ大きくしているだけ」と厳しい。育種、採卵、肥育、加工、出荷まですべてオリジナルという自負があるからだ。
(出荷時期を迎えた成魚、養殖池の水を抜いて捕獲する=大山専務提供)
6次産業化は地元の商工会と地元地銀の大垣共立銀行グループのOKB総研がサポートし、新品種を使ったキャビアは「 S Caviar」(下の写真=大山専務提供)と名付けた。一般向けには中津川市のふるさと納税の返礼品として提供している。同行は「養殖池を工事できるなど自社の経営資源を生かした6次産業化で、高級飲食店などに販路を確立している」と評価する。
チョウザメは孵化から採卵まで6~7年かかり初期投資が大きい。日本政策金融公庫の融資を受けて20年2月に加工場「S Caviar Labo」(下の写真)を建設した。
クリーンルームを備え、食品衛生管理の手続きを定めた国際基準HACCP(ハサップ)の認証を受け、万全の輸出体制を整えた。
(加工場の内部)
しかしその直後に、新型コロナの感染拡大で大ピンチを迎えた。輸出どころか、これまで取引があった飲食店の営業が制限を受け受注は激減した。そこでコロナの終息後を見越し、民泊への事業展開を構想した。大垣共立銀行と協調して日本政策金融公庫が、山村振興法に基づいて県が認定した場合に対象となる振興山村・過疎地域経営改善資金を融資した。
同公庫は「地方創生や山村ツーリズムの活性化により、都市住民の目が中山間地域にも向けられる中で漁家民宿という体験型のビジネスに対する期待度は高い」と将来性を評価する。本業は土木建設であり、造成はお手のもの。
(中津川のシンボルの二ツ森山をイメージした庭園)
大山専務はデザインを自学自習し、植栽や作庭も自社で手がけたという。「華蝶来」(かちょうらい=写真上)と名付けたオーベルジュの建材の大半は、飛騨高山の古民家を解体した巨木を再利用している。
9㍍のケヤキの大梁や、柱が交差する高さ12㍍の吹き抜けの小屋組は圧巻だが、内部は「撮影不可。来訪してのお楽しみ」(大山専務)。1日1組4人を想定した完全予約制の一棟貸しで、空路の来客用のヘリポートまで備えて富裕層を狙う。
(「華蝶来」からは二ツ森山を一望できる)
高品質なキャビアを輸出し、それを食べた人が産地を訪れたいと思い、来訪してキャビア料理やチョウザメ料理を堪能し、その感動と中津川の里山の文化を持ち帰る。こんな好循環が起きることを、大山専務は目指している。(文・写真=共同通信アグリラボ所長 石井勇人、提供写真を除き2023年5月15日撮影)
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