手仕事が支える暮らし 民芸館から学ぶ 田中夏子 長野県高齢者生協理事長
2022.06.06
地元の長野県佐久で、私が足しげく通う場所の一つが「平和と手仕事 多津衛民芸館」(以下「民芸館」と表記)です。1995年夏、多くの市民が思いと労力、資金を寄せて建設された館で、初代の館長さんは小林多津衛さん(1896~2001年)。民芸館の活動については、ぜひ同館のウェブサイトをご覧ください。
私もお邪魔をするたびに発見があります。先日お訪ねすると民芸館の運営を切り盛りしているKさん(80歳)が、館併設の焼き物教室の広い机の上で、大きな布を広げて、素早く手元を動かしています。
背後から「縫い物ですか?」とたずねると、「逆、逆、ほどいているのよ」。Kさんが若い時代から使ってきた布団カバーだといいます。「布団は何度も打ち直して、カバーも繕いながら使ってきたけれど、ほれ、もう寿命だから」
私は「寿命」という言葉を聞き、てっきりこれで捨てるという意味だろうと思って、「捨てるのにわざわざほどくんですか? そのまま、ざくざく切って雑巾にするとか...」とうかがうと、Kさんは驚いた顔で、「やーだ、何、言ってるの。カバーとしては寿命だけど、大きいからね。まだ使える部分があるのよ」。これから鞄や座布団カバーなどに仕立て直すといいます。
あらためて民芸館内を見渡すと、カーテン、テーブルクロス、座布団にいたるまで、ほとんどすべてがKさんのリメイク。
しかし、私が驚いたのは、Kさんが発した次の言葉でした。「ほどいて、まずは染め直さないとね。色がだいぶ落ちているし。この藍染めの柄の型紙はね、まだそこにしまってあるの。型紙も自分たちで作ったものだから捨てられなくてね。とっておいてよかったわ」。そして、型紙がたくさん束ねられた風呂敷を指さしました。
先日、気になっていたその風呂敷の中身を見せてもらいました。50年以上も前の型紙の数々。Kさんは民芸館の初代館長だった小林多津衛さんから、直接、手仕事の大切さ、その手仕事に支えられる暮らしの確かさを学んできたといいます。(写真:Kさんが保管している型紙=筆者撮影)
着る物だけではなく、ふだん使いの食器も自分たちで焼き、みそも共同で仕込み、畑仕事も欠かさず、旬の食材を地域で集まり、〝無尽〟でふるまうKさんの日頃の言動とも重なり、眼前の型紙は、まさにその学びのたまものです。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年5月23日号掲載)
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