職人技で木炭作り 伏せ焼き窯は使いきり 連載「アフリカにおける農の現在(いま)」第21回
2022.04.20
前回(第20回)はなぜタンザニアにおいて木炭は調理燃料として重宝されるのか、現地の食文化や生活習慣から検討した。今回は現地の木炭生産の実態を紹介したい。
木炭は都市周辺の農村部で生産され、そこに暮らす人びとの現金獲得源である。経済発展は都市部に大きく限られていて、都市部と農村部の経済格差は広がっている。
農村部の人びとが都会の教育や医療などのサービスを受けようとすれば、現金が必要になる。農村部には安定した収入源がないため、人びとは自然資源から現金獲得の手段を見つけざるを得ない(末尾参考文献 注1)。炭焼きはその最たる例であり、新規参入する者が後を絶たない。
容易ではない伏せ焼き法
タンザニアでは日本のように炭窯を使ったやり方ではなく、木材を草と土で覆う伏せ焼き窯(マウンド)を設け、木炭を焼く「伏せ焼き法」というやり方が一般的である(上の写真:伏せ焼き窯による炭焼き=タンザニア・モロゴロ州・キロサ県、2020年3月、多良竜太郎撮影、以下同)。
有史以前から世界各地で使われる伏せ焼き法は原初的とされているが(注2)、誰でも容易に木炭を作れるわけではない。調査者が対象社会に加わって長期にわたり生活しながら情報を得る参与観察を筆者が行い、これが分かった。
木炭生産が盛んな農村に暮らす炭焼き職人を事例に、伏せ焼き法やそのメカニズムを明らかにして、なぜタンザニアでは伏せ焼き法が広く使われているのか考えてみたい。
まずは木炭とは何なのか、改めて確認しておく。
真っ黒な見た目や、「炭を焼く」という表現から、木炭は木材を焼いたものだと考える人は少なくないだろう。ただし焼くこと(燃焼)とは熱と光を伴う物質の酸化現象である(注3)。
酸素・炭素・水素から成る多糖類(セルロース、ヘミセルロース、リグニンなど)を主成分とする木材を焼いても、水と二酸化炭素が生じ、灰になるだけで木炭にならない。
しかし酸素供給が不十分な状態で木材を不完全燃焼させると、酸化ではなく、生じる熱によって木材の熱分解が進み炭素の含有量が高まっていく。この過程を炭化といい、最後に残った炭素の塊が木炭である(注4)。
窯を固定する築窯製炭法
木材の45~50%を占めるセルロースは、約275℃で激しく熱分解を始めるとともに、木材1㌘当たり150~200㌍の分解熱を発するようになる(注5)。この分解熱で木材自ら熱分解していくことから、この現象は自発炭化と呼ばれる。あらゆる炭焼きに自発炭化が利用されており、その中でも熱効率を高めたものが「築窯製炭法」である(注6)。
炭焼き方法は築窯製炭法と伏せ焼き法の二つに大きく分かれる(注7)。築窯製炭法はアフリカを除く国や地域で一般的な方法である。石、土、レンガなどで造られたドーム型の窯は固定されていて、木炭を焼くたびに木材(炭材)を伐採地から窯まで運搬しなければならない。
窯正面にある窯口から炭材を入れて並べる。茶の湯炭として全国的に有名な能勢菊炭(大阪府能勢町)の場合、直径8~10㌢の炭材を1000本ほど使う。炭材の自発炭化を促すために、窯口で木材(燃焼材)を燃焼させる(下の写真)。
(大阪府能勢町、2021年2月)
このとき燃焼材の火で炭材が延焼しないように、直径20㌢ほどの燃焼しにくい太い丸太を炭材と燃焼材の間に並べ、「障壁」という境界を設ける。酸素供給用のわずかな隙間を残して窯口をレンガでふさぎ、燃焼材と障壁の一部を時間をかけて燃焼させ、5日ほどかけて窯全体を炭化させる。
一方伏せ焼き法は、樹木の伐採地に木材を積み上げて草と土で覆った一度きりの窯を設けて、炭化させるやり方である(注8)。初期投資はほぼかからず、樹木を伐採するおの、土を掘るシャベル、イネ科の草を刈りとる鎌があればよい。
伏せ焼き窯は水はけの良い尾根の稜線上付近で、特定の樹木~イネ科の草~土がそろう場所に設ける。現地で一般的な大きさの伏せ焼き窯(横2㍍、縦5㍍、高さ1㍍)を作るには、十数本の樹木を伐採し、幹や太い枝の部分を約90㌢の長さに切断し、200本ほど木材を用意する。
地面に深さ約30㌢の穴を掘り、2本の敷木を並べ、その上から横にした木材を積み上げる。このとき下部に細い木材、中央部に太い木材、上部に中くらいの太さの木材を配置する(下の写真)。
(木材の積み上げ=タンザニア・モロゴロ州キロサ県、2016年7月)
保温効果を高めるために(注9)、木材を総重量約90㌔分の大量なイネ科の草で覆い、その上から土をかぶせる。かまぼこ型をしたマウンドの短い辺にたき口を、その反対側の短い辺に排煙口を設ければ、伏せ焼き窯の完成である。
たき口と排煙口は伏せ焼き窯の底でつながり、空気の通り道になっている。たき口から火を付けると、約10日かけて燃焼と炭化が排煙口側へ時間差を伴いながら進んでいく。
その間、適宜伏せ焼き窯を崩して木炭を取り出し、窯の断面に土をかけて修復し再びたき口を設けると、火種が燃焼して木材の炭化が続いていく。この作業を繰り返して約10日かけて一つの伏せ焼き窯を炭化する。現地の伏せ焼き法では、窯全体がたき口から排煙口にかけて縮小していきながら、燃焼と炭化が進んでいく。
伏せ焼き窯の断面をみると、下部の木材は灰、中央部から上部の木材は木炭になっている。
(木炭取り出し時の伏せ焼き窯の断面=タンザニア・モロゴロ州キロサ県、2016年7月)
現地の炭焼き職人の「太さの異なる木材をバラバラに並べる、あるいは窯の上部に太い木材を並べれば木炭の収量が減ってしまう」という証言を踏まえると、中央部に太い木材を配置することで、中央部から上部の木材(炭材)の延焼を防ぎ、木炭の収量増加につながる。これは日本の炭窯の「障壁」に通じる技術といえる。
職人たちは樹皮が簡単に剥がせる特定の樹種を選択している。木炭の燃焼を阻害する灰分は樹皮に多く含まれる(注10)。灰が木炭の燃焼面を覆うと酸素供給が妨げられ、火力が弱くなる(注11)。
タンザニアでは長く火力を保ちながら燃え続ける木炭が求められるため(前回参照)、職人たちは樹種の知識を活用して、消費者のニーズに合わせた木炭を作り出している。さらに彼らの伏せ焼き窯には木材の並べ方、草・土を使った木材の被覆、火の管理など、職人の豊富な知識や技術が注ぎ込まれているのである。
窯の移動に合理性
築窯製炭法では木材を伐採地から窯まで運搬する必要がある。水分を多く含む数㌧の木材を人力で運搬することは極めて困難である。実際に日本では集材機や車が利用され、岸辺に生育するマングローブの炭づくりが盛んな東南アジアでは船が利用される(注12)。
言い換えると、人力以外に木材を運搬する手段が確保できなければ、築窯製炭法は成立しないのである。今日、タンザニアでは車道や河川が限られる上にインフラ整備も不十分で、木材の運搬手段を人力に頼らざるを得ない。このような環境下で炭焼きをする場合、木材を一カ所に運搬するよりも、窯を移動させる方が効率が良いのである。
これまでアフリカ農村の暮らしは「原初的」だと先入観で語られることが多かったが、最近の研究から、その合理性が指摘されるようになった。タンザニアの炭焼きはまさにその好事例といえるだろう。
多良 竜太郎(たら・りゅうたろう)京都大学アフリカ地域研究資料センター特任研究員
高橋 基樹(たかはし・もとき)京都大学教授、神戸大学名誉教授。京都大学アフリカ地域研究資料センター長。元国際開発学会会長。専門はアフリカ経済開発研究
連載「アフリカにおける農の現在(いま)」では、アフリカの農業と食の現状を、京都大学の高橋基樹教授が若い研究者とともに報告します。
参考文献(第21回)
「争わないための生業実践 生態資源と人びとの関わり」(重田眞義・伊谷樹一編、京都大学学術出版会、2016年)1~16㌻『生態と生業の新たな関係』(伊谷樹一) 注1
「炭・木竹酢液の用語辞典」(木質炭化学会編、創森社、2007年) 注2、注3、注4、注8
「日曜炭やき師入門」(岸本定吉・杉浦銀治、総合科学出版、1980年) 注5、注7
「炭のすべてがよくわかる 炭のかがく」(柳沼力夫、誠文堂新光社、2003年) 注6
「炭」(岸本定吉、創森社、1998年) 注7、注11
「平成23年度途上国森づくり事業/貧困削減のための森づくり支援報告書」(2012年)87~111㌻『タンザニアでの活動調査結果』(谷田貝光克) 注9、注10
「エビと日本人Ⅱ 暮らしのなかのグローバル化」(村井吉敬、岩波新書、2007年) 注12
「CIAS Discussion Paper 第59号」(2016年)39~46㌻『インドネシア.バタム島における法規制と生業:自主規制によって成り立つ製炭業』(渕上ゆかり) 注12
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