暮らし支える「消えない木炭」 経済性高く、料理に合う 連載「アフリカにおける農の現在(いま)」第20回
2022.02.08
今回からの2回の連載では、人びとの暮らしの身近にある燃料に焦点を当てる。人は貯蔵性に優れた穀類やイモ類などのでんぷんを、主なカロリー源として生きている。でんぷんは加熱で糊化されてはじめて体内で消化・吸収されるため、私たちにとって調理燃料を確保することは、食料を維持することと同じといっても過言ではない。
今日の日本では調理燃料にプロパンガス、都市ガスや電気が広く使われる。木炭を使う機会は、特定の料理店などを除けば、野外でのバーベーキューに限られてきているが、1960年ごろまでその利用は一般的だった。一方サハラ以南のアフリカ諸国(以下アフリカ)では、調理燃料に木炭が使われる。
各国で増える生産
その国別の生産量に着目してみると、2015年には世界の上位10カ国の中にアフリカは6つ含まれていて(国連食糧農業機関=FAO、2017)、同年に全世界で生産された木炭5200万㌧の約62%はアフリカ大陸原産であった(同2016)。長期保存が可能、軽量で持ち運びが簡単、どこでも入手しやすいなどの特徴も相まって、アフリカの木炭生産量は増加の一途をたどっている。
筆者はこれまで東アフリカのタンザニアの地方都市の市街地や近郊の農村において、木炭の生産・利用、さらに炭焼きが生態環境に与える影響について調査してきた。
タンザニアでは従来、調理燃料はまきが一般的だったが、数十年ほど前から都市部を中心に木炭が使われ始めるようになった。この一因には、経済発展による都市部の人口増加とともに、屋根にトタン板を用いた「近代的家屋」が密集して建てられたことで、白煙が立ちのぼらず、煙たくなりにくい木炭の需要が高まったことがある。
(袋詰めで出荷される木炭=タンザニア・モロゴロ州キロサ県の農村、2016年7月1日、多良竜太郎撮影、以下同)
現地には木炭以外の調理燃料も存在していて、近年では一部の富裕層にプロパンガスをはじめ電気コンロや電子レンジも普及し始めているものの、人びとは「調理燃料には木炭でなければならない」と口をそろえる。そこで本稿では、現地の食事内容や調理風景、生活を通して、なぜタンザニアにおいて木炭は調理燃料として重宝されるのか考えてみたい。
タンザニアでは、朝食は砂糖がたっぷり入った紅茶と揚げパンや薄焼きクレープなどの軽食、昼食や夕食はウガリとよばれるトウモロコシ粉(もしくはキャッサバ粉)を熱湯で練った団子や米飯を主食に、植物性・動物性タンパク質の食材をトマトやココナツミルクで煮込んだ副食、あるいは葉菜の煮付けと一緒に食べることが多い。
(大学食堂の昼食=米飯・マメの煮込み・魚の煮込み・葉菜の煮付け=タンザニア・モロゴロ州ソコイネ農業大学、2020年2月3日)
副食の味付けは塩のみとシンプルだが、トマトの酸味とココナツミルクのこくも相まって味わい深い。主食のウガリと米飯は強い火力で30分ほどで手早く調理する一方、副食はとろ火で時間をかけてじっくり煮込む。特にマメや肉、魚は下ゆでを含めると4、5時間ほどかかる。つまり、調理内容によって必要な調理時間や火力は異なるのである。
終日活用する主婦
タンザニアの家庭では女性が炊事を担当することが多い。主婦たちは朝、七輪に木炭を詰めて点火すると、途中で火を消さず、そのまま夜まで使い続ける場合が多い。そこで、彼女たちがどのように七輪の炭火を使っているのか、調査地の市街地に暮らす一般家庭(農家で5人家族)の主婦Sさんを事例に、ある1日の生活を紹介したい。
一番上の写真:炭火を使って調理するSさん、左後ろのバケツには調理や食器洗いに使う水が入っている=タンザニア・モロゴロ州キロサ県の市街地、2016年8月26日
Sさんは毎朝、自宅近くの商店や市場で容量1㍑のペンキ缶に詰められている木炭(およそ1㌕)を、500タンザニア・シリング(約25円)で購入し、その日の調理に充てている。
Sさんは朝に七輪に入れた木炭の火で紅茶を煮出した後、木炭を追加して昼食と夕食の副食に使うインゲンマメをゆでる。朝食を取ると、インゲンマメを火にかけたまま、農作業をするため畑へ向かう。4時間後に自宅に戻ると、ゆで上がったインゲンマメに細かく刻んだトマトとココナッツミルクを加え、さらに1時間ほど煮込んで副食を完成させる。
その後、小さな木炭をいくつか追加して、強火にしてからウガリを調理して、午後4時ごろ昼食をとる。他の家事も行って、午後8時ごろに再度小さな木炭をいくつか追加して、強火にしてから米飯を調理する。その後、副食を温め直して9時に夕食をとる。
そして七輪の残り火で湯を沸かし行水してから、11時に就寝する。Sさんを含め現地の主婦たちは、普段から副食を煮込んでいる間に、農作業をはじめ食器洗い、水くみ、洗濯などほかの家事を同時に行っている。
経済的な「消えない木炭」
木炭はガスや電気のように一瞬で火を付けることが難しいが、一度火が付けば燃焼し続ける特徴がある。これは長い時間をかけて調理する煮込み料理が多いタンザニアの食文化に対応しているといえる。
主婦たちは毎朝木炭に火を付けた後、途中で木炭を追加しながら用途に応じて適当な火加減を作り出すだけでなく、夕食の調理で残った火種で行水用の湯を沸かす。つまり、彼女たちは1日の時間の流れのなかで限られた量の木炭を有効に利用しているのである。
現地では15㌕のプロパンガスが充填されたガスボンベが5万タンザニア・シリング(約2500円)で販売されている。ある主婦は「ガスで毎日3食調理したら、わずか2週間足らずで全て使い切ってしまった」と述べた。このことから、調理燃料に1日分が約25円の木炭を使う方が経済的であり、その需要は高いといえる。
ただし、単に経済性だけで木炭が調理燃料に使われているわけではない。普段からさまざまな仕事や家事に追われる主婦たちは、煮込み料理に手をかける時間を減らしてほかの活動に充てるために、鍋を火にかけたままの状態で農作業や水くみや洗濯をしていた。
この生活スタイルが成立するには、火の近くに待機しながら何度も調整が必要なまきではなく、火力を保ちながら自ら長く燃焼し続ける「消えない木炭」が不可欠なのである。つまり、タンザニアにおいて木炭は「ほったらかし」の調理を可能にする、忙しい主婦たちの生活スタイルを支える調理燃料として重宝されているのである。
次回は木炭がどのように生産されているのか、現地の炭焼きの実態を明らかにしていきたい。
多良 竜太郎(たら・りゅうたろう)京都大学アフリカ地域研究資料センター特任研究員
高橋 基樹(たかはし・もとき)京都大学教授、神戸大学名誉教授。京都大学アフリカ地域研究資料センター長。元国際開発学会会長。専門はアフリカ経済開発研究
連載「アフリカにおける農の現在(いま)」では、アフリカの農業と食の現状を、京都大学の高橋基樹教授が若い研究者とともに報告します。
参考文献(第20回)
FAO (Food and Agriculture Organization). 2016. Forestry for a Low-Carbon Future: Integrating Forests and Wood Products in Climate Change Strategies. FAO Forestry Paper No.177. Rome: FAO.
---------- 2017. The charcoal Transition: Greening the Charcoal Value Chain to Mitigate Climate Change and Improve Local Livelifoods. Rome: FAO.
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