農耕化で現金収入、蓄財も 従来の平等性変容 連載「アフリカにおける農の現在(いま)」第19回
2021.12.28
前回(第18回)は定住化や自然環境の変化に伴い、かつては遊動生活をしていた狩猟採集民に農業が浸透してきたこと、また近年は農業への移行をさらに推し進める開発プロジェクトが増えていることを紹介した。今回はカメルーン熱帯雨林地域の狩猟採集民バカを例に、農業の浸透が人々の生業や社会にどのような影響を与えているのか、また近隣農耕民との関係がどのように変化しつつあるのかについて紹介する。(連載第18回:開発で農業が浸透 変わる狩猟採集社会)
バカの社会における農業の浸透の程度は、地域や村によって大きな差がある。狩猟採集を生業の主軸として維持し、自らの畑での農作物の生産は小規模にとどめ、野生のヤマノイモを採集したり、近隣農耕民からキャッサバやプランテンバナナなどの農作物を得たりしている人びとがいる一方で、比較的都市に近い村には、農作業への時間を多く割いて広い農地を開墾し、自給しているバカがいる。後者のような村では、農業開発に携わる非政府組織(NGO)が住民組織を組み活発に活動していることが珍しくない。
カメルーンの熱帯雨林では主に焼畑耕作が行われており、基本的に毎年新しい畑を作る。伐開作業は重労働であるため、グループ活動を導入する効果は大きい。しかし伐開をおこなう乾季は、森での狩猟採集や漁労が盛んになる時期と重なるため、農業に重点を置くと狩猟や採集に割く時間は少なくなる。
(横並びで進める伐開作業)
具体例として、カメルーン東部州のA村の農業グループを紹介したい。A村には45世帯のバカが住んでいる。2019年にあるNGOが、10人前後のメンバーからなる5つの農業グループを組織した。男女比は概ね半々で、各グループには1人のリーダーがいた。興味深いことにグループのメンバーには、隣村の(バカではない)農耕民も少数ながら含まれていた。(一番上の写真:あるグループのバカのメンバー=カメルーン東部州、2020年1月、関野文子撮影、他の写真も同じ))
計画的にグループ活動
グループは月曜から金曜に活動し、原則として朝から正午前まで2時間程度の伐開作業を行っていた。伐開した畑には、キャッサバやサトイモ科の植物であるヤウテアなど、主食作物を植える。農作業の前にメンバーが他のメンバーに、食事やヤシ酒を振る舞うこともあった。
一日に作業する畑は1カ所で、どの曜日に誰の畑で作業をするかを決めていた。作業が一段落するとその日のグループ活動を終え、各々そのまま帰宅するか、自らの畑に自家消費用の食物を収穫しにいくなどしていた。
調査当時、A村の農業グループは設立直後であるにもかかわらず活発に活動し、中には農具や資金の提供を受けるために、政府の認可を得ることを目指すと意気込むグループもあった。そして、バカと農耕民の関係も対等で円滑に活動が進んでいるように見受けられた。
他のバカの村と比較すると、このようにA村の人びとの農業への力の入れようは目を見張るものがあった。ある女性は「グループ活動をすると大きな畑を作ることができ、来年にはたくさんの食べ物を収穫できる」と満足そうに話していた。
(振る舞うヤシ酒を準備する農耕民)
変わる社会、人間関係
A村には、ごく一部の世帯ではあるが、自家消費向けの作物の余剰分を売ったり、カカオなどの換金作物を生産して現金収入を得たりして、普通は買うことが難しい電化製品やバイクなどを手に入れた者がいた。農業の浸透は食生活の安定や現金収入の増大をもたらし、さらに財産の蓄積や偏りも生んでいるようである。
これは生業の農耕化、つまり狩猟採集民が農耕民へと移行する過程ととらえることができるのであろうか。狩猟採集民は農耕民と比べ、食物の加工や保存をせず、採ったものをすぐ食べる傾向が強く、労働から収益(消費)までの時間が短いといわれている。
一方、農業は毎年種や苗をとっておき、数カ月をかけて作物を栽培しなければならないため、労働投入に対する収益が遅れて手に入るという特徴がある。A村のバカが農作物の収穫や収益を増やすため、グループ活動にいそしむ姿は、彼らの生業のあり方、生き方が狩猟採集生活から大きく変化しはじめていることを映し出しているように思える。
A村のほどには農業が浸透していない村では、バカは農耕民との緩やかな関係の下で、農耕民の畑で働く見返りに、農作物、酒や服などをもらっている。しかし、一般的に農耕民はバカをさげすむような態度をとることが多いため、バカは農耕民に不満をもっており、筆者もしばしばそのような語りを聞いた。
A村のようなバカの農耕化は、農耕民との間にある非対称性(両者に差があり釣り合っていない関係性)の解消につながるかもしれないが、翻ってバカ同士に何らかの非対称性を生み出してしまう可能性もある。
狩猟を含む人間活動によって動植物の種が減少している中で、とりわけ人口の多い地域では、狩猟採集中心の生活がますます困難になっていくことが予想される。そして、バカの生活における農業の重要性は増大していくだろう。しかしそのことは、バカの従来の平等的な社会の仕組みや、人間関係のあり方に少なからぬ影響を及ぼすことも間違いないだろう。
関野 文子(せきの・あやこ)京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻
高橋 基樹(たかはし・もとき)京都大学教授、神戸大学名誉教授。京都大学アフリカ地域研究資料センター長。元国際開発学会会長。専門はアフリカ経済開発研究
連載「アフリカにおける農の現在(いま)」では、アフリカの農業と食の現状を、京都大学の高橋基樹教授が若い研究者とともに報告します。
参考文献(第19回)
・木村大治・北西功一編 2010『森棲みの社会誌 -アフリカ熱帯林の人・自然・歴史 Ⅱ』京都大学出版会
・安岡宏和 2010「バカ・ピグミーの生業の変容−農耕化か?多様化か?」木村大治・北西功一編 『森棲みの生態誌 -アフリカ熱帯林の人・自然・歴史 Ⅰ』京都大学出版会
・Woodburn, James. 1982. "Egalitarian Societies." Man,(N.S.) 17(3) : 431-451
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