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立ちはだかった「検疫の壁」  豪州向け岐阜イチゴ、戦略見直し必要  アグリラボ所長コラム

2021.05.12

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  イチゴの輸出が絶好調だ。香港、台湾、シンガポール向けを中心に今年1~3月期は前年同期比99.6%増とほぼ倍増し1235㌧。3カ月間で昨年1年間の輸出(1179㌧)を上回った。甘くて大粒で柔らかい点が富裕層に人気がある。ただ昨年8月に解禁されたオーストラリア向け輸出は苦戦した。どこに問題があるのだろうか。

 日本・オーストラリア両政府は昨年、イチゴの病害虫などの防疫について合意、岐阜県は他産地に先駆けて輸出態勢を整え、今年2月25日に古田肇知事らが出席して、華々しく「出発式」を開いた。さらに3月下旬にかけて3回空輸した。

 初荷は2日後にメルボルン市内のレストランに届くはずだったが、空港の抽出検査で抜き取られたり、切られたりして、検査にも時間がかかり、「使い物にならない」と不満が噴出した。経済通信社NNAオーストラリアが「甘くなかった豪州の検疫」と、現地から詳しく伝えている。

 しかし、生鮮品に対する検疫の厳しさは予想できたことだ。特にオーストラリアは、独特の生態系を維持しているだけに外来種の侵入や感染症の侵入に対する警戒が強い。防疫官が、見慣れない「Gifu Ichigo」に格段の注意を払うのは当然だ。オーストラリアを訪れたことがある人なら誰でも、空港での検査の厳しさを体験しているはずだ。

 さらにオーストラリアには、クイーンズランド州、ニューサウスウェールズ州、ビクトリア州などイチゴの大産地がある。国内に守るべき農産物がある場合、本来は科学的であるべき防疫・検疫が恣意的に運用されがちなのが現実だ。

 問題の本質は、岐阜県の関係者がこうした「常識」を十分に認識していなかったことだ。「一番乗り」という話題作りを最優先するため、予備調査や関係者との情報交換が不十分だったのではないか。市場を開拓していく中期的な展望も描き切れていない。日本には他県にも有力なイチゴ産地が多い。どのように産地間競争を回避して共存するのかを調整した形跡はない。

 さらに先を見通せば、「日本のイチゴは品質が異なるから共存できる」と考えるのは甘い。イチゴの品種改良は比較的スピードが速く、オーストラリアには栽培技術が蓄積されているから、現地産の「甘くて大粒のイチゴ」が登場する日も遠くないだろう。それどころか、それが日本のスーパーの店頭に並ぶ逆輸入の可能性も排除できない。

 日本は農産物の輸入を防御するのには熟練しているが、輸出の経験はまだ浅い。例えば、1990年代に農林水産省は、リンゴの病気である火傷病が国内未発生であることから、厳しい防疫対策を課し、米国は「科学的根拠に乏しい」と世界貿易機関(WTO)に提訴した。

 日本は敗訴したが、約10年に及ぶ紛争の間に、育種や栽培技術の改良を進め、冷蔵庫の拡充など流通設備も整備して競争力を高めた。今やリンゴは有力な輸出品目に育った。当時の防疫が、科学的だったかどうかは別として、国内生産の保護策として機能した。オーストラリア側もこの事例を学習しているだろう。

 新市場への参入は試行錯誤を繰り返す必要がある。だからこそ「失敗」を恐れてはならない。真の失敗は、経験から何も学ばないことだ。オーストラリア向けイチゴの輸出は、11月末まで臭化メチルくん蒸処理が必要になるため事実上中断する。その間に岐阜県には戦略の立て直しを期待したい。世界一厳しいオーストラリアの検疫を通過できれば、それは「世界一安全なイチゴ」の証しになるだろう。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)

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