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小さな林業で里山を守る  群馬県みなかみ町の挑戦  共同通信アグリラボ所長 石井勇人

2020.08.28

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小さな林業で里山を守る  群馬県みなかみ町の挑戦  共同通信アグリラボ所長 石井勇人の写真

(多様な樹木が共存している里山=群馬県みなかみ町)

 無理をしないで、できる範囲でやる―ちょっぴりのんびりした「小さな林業」がじわりと広がり始めている。林業をビジネスとして成長産業化する政府の方針とは異なるが、地域の実情に応じて経営のあり方も多様性が求められる。

 戦後に植林したスギやヒノキは樹齢50年超の伐採に適した時期を迎えているが、林業の後継者が少ないことから、政府は経営規模の拡大を促すため2019年4月に「森林経営管理法」を施行した。まとまった面積の森林を同時期に伐採(皆伐)し、樹齢がそろった植林・育林の効率的なサイクルを構築、もうかる林業を目指している。

 しかし、すべての山林が大規模経営に向いているわけではない。集落に近い里山の維持には、地元の住民らが週末などを使って作業する「自伐型林業」の方が柔軟に対応できる。兼業農家や中小農家が地域を守る上で重要な役割を果たしているのと同じだ。

 新潟県境に近い群馬県みなかみ町藤原で、自然教育に当たっている森林塾青水の北山郁人代表は「自伐型林業は、環境の維持、鳥獣害対策、移住者や観光客の誘致、子どもたちの教育など様々な役割を果たすことができる」という。北山さんたちが手入れしている里山(約12㌶)は、ブナ、ミズナラ、カエデなど30種類以上の樹木が共存し、樹齢もさまざまだ。

20200826みなかみ広葉樹林1.jpg(「ウイスキーの樽に使えるかな」とミズナラの巨木に語りかける北山さん)


 みなかみ町は、こうした多面的機能を評価して2016年から行政が一体となって自伐型林業を推進、今では8団体が計約26㌶の森林を手入れしている

 「Linkers」(リンカーズ)はその一つ。上越新幹線・上毛高原駅から南西10㌔ほどの同町布施地区で管理する約5㌶の里山には、コナラ、クリなどさまざまな広葉樹が入り混じっている。週末や休日に6、7人が集まり利用時期を迎えた樹木を見定め、伐採して搬出する。メンバーは、山林の所有者、公務員、サラリーマン、観光業者などさまざまで、クラブ活動のような雰囲気だ。

20200826みなかみ広葉樹林4jpg.jpg(椅子の素材として使われたコナラの切り株を囲むリンカーズのメンバー)

 リンカーズの石坂一美会長は「無理はしない、できるだけコストをかけない、ちょぼちょぼと続ける」の3点が要諦だと言う。いわば「兼業林家」だ。自分たちで切り開いた作業路は幅2.5㍍足らずで小型の作業機械をぎりぎり運べる幅しかない。

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(スギの間伐をする木木木林のメンバー)

 上毛高原駅の西約12㌔の東峰地区で同様の活動をしている「木木木林(きききりん)」の本多孝志代表の本業は介護士。グループには千葉県や京都府から移住してきたメンバーもいる。本多さんは「好きなことをやって楽しみながら生活できれば理想的、小さくても事業として自立できることが目標」という。

 自伐型林業に共通する課題は収益を上げることだ。里山に多い広葉樹は規格化された輸入材と異なり、大量生産する家具や建材には向いていない。かつてはまきや炭として利用され、今でもまきとして道の駅などで販売されているが、樹木の個性を生かして付加価値を高めようと、みなかみ町は18年に、国産材を使う手作り家具で高い技術を持つオークヴィレッジ(岐阜県高山市)と包括的連携協定を結び、木材の提供を始めた。

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(みなかみ産材を使った椅子=オークヴィレッジ東京)

 同社のモットーは「適材適所」。みなかみ産材の個性を見極め、座板にクリ、背中を支えるスピンドル(丸棒)にコナラを使った椅子を開発した。

 6月に初の商業ベースの家具として「Mori:to(モリート)チェア」(1脚6万7000円=税別)を発売、1カ月足らずで第1弾の50脚は完売し、現在は予約販売中。オークヴィレッジ東京(目黒区自由が丘)の市田浩祐店長は「軽くて、スピンドルの自然なしなりで体重を柔らかく受け止めてくれると好評です」という。

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(軽くて背もたれの自然なしなりが好評なMori:toチェア)

 皆伐型の大規模経営は短期の収益を得やすいかも知れないが、大型の特殊車両が通れる林道の整備や大型機器には巨額の投資が必要で、次の伐採期は約50年後だ。一方、自伐型は生態系を維持したまま「ちょぼちょぼ」と収益を確保できる。経営規模の拡大を押し付けるのではなく、それぞれの良さを組み合わせた総合的な林業政策が望まれる。(文・写真 共同通信アグリラボ所長 石井勇人)

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