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隠された財産を守る 里山と共生する生活  共同通信アグリラボ所長 石井勇人

2020.07.22

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隠された財産を守る 里山と共生する生活  共同通信アグリラボ所長 石井勇人の写真

(群馬県みなかみ町の豊かな里山は「隠れた財産」の宝庫だ)


 JR新幹線の回数券などを扱うチケット店で、7月中旬にちょっとした「異変」が起きた。「Go Toトラベル・キャンペーン」から東京都が除外されることが決まり、23日からの連休中に有効期限を迎える東京発着チケットの相場が急落したのだ。東京・新橋のある店では、新横浜や大宮発着と同水準までさや寄せし、東京発名古屋着が8500円(自由席、正規1万560円)だった。

 「東京」が投げ売りされているような複雑な気分になったが、過密な大都市のリスクを再認識すること自体は悪いことではない。ふるさと回帰や地方移住を促進するための好機だ。これまで移住をためらってきた人の背中を押し、あまり関心がなかった人たちが「お試し」で地方を訪れる機会も増えるだろう。

 しかし、補助金で盛り上げるキャンペーンの効果が持続するとは思えない。コロナ禍だけを理由に地方への流入人口が増えると期待するのは甘い。これまでも直下型地震や富士山噴火が再三警告されてきたのにもかかわらず、大都市集中の流れは止まらなかった。感染拡大が終息すれば、「元のもくあみ」の恐れもある。

 ふるさと回帰や移住の流れを確実にするためには、過密からのリスク回避だけではなく、農村や浜、里山の魅力を理解してもらい、一歩踏み込んだ価値の発見につなげていくことが不可欠だ。コロナ禍の前から、20~30歳代の感性豊かな若い世代を中心に地方移住の動きが芽生えていた。この潮流を加速することが重要だ。


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(かんなくずを材料にした工芸品を手にする山口長士郎さん。背後のボトルは「澄み香」=みなかみ町の土産物売り場で)

 群馬県みなかみ町で建築士として働く山口長士郎さん(31)もそんなひとりだ。愛知県の自動車関連企業で事務系のサラリーマンをしていたが、2015年に父親が営む工務店に戻った。

 その傍ら、イヌワシなどの生態系を守る環境保護活動や、里山との共生を目指す自伐型林業に関わり、家族3人でニワトリやヤギを育てながら、家造り、カフェの運営、里山の広葉樹を活用した加工品を生産・販売する生活だ。「東日本大震災が契機になって、何かを守りたいという気持ちになった」と山口さん。

 昨年からは、製材のおがくずや枝葉を蒸留して精油を抽出する事業も始めた。「澄んだ森の香りを都会へ届けることで、森の住みかを守っていきたい」という意味を重ねて、「澄み香」と命名した。

 ヒバ、ヒノキなどを原料にして、エッセンシャルオイルや芳香蒸留水として商品化。スギの葉にも挑戦し、芳香剤「澄み香 room spray―杉の葉―」が最近の人気商品だ。山の薪を燃料に、谷川の湧き水で蒸留するこだわりかたで、スギの葉の精油には精神をリラックスさせる効果もあるとされている。

 スギの学名「クリプトメリア・ヤポニカ」は「日本の隠れた財産」という意味だという。「スギの葉には、オレンジやグレープフルーツのような魅力的な香りがあるのに、山でうち捨てられている。こうした財産を活用したい。森はいつも異なる発見があって楽しい」。山口さんは素敵な笑顔で語ってくれた。(文・写真 共同通信アグリラボ所長 石井勇人)

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