「研究紹介」 2029年における世界の食料需給見通し 農林水産政策研究所
2020.08.17
農林水産政策研究所が2008年度から毎年公表している「食料需給見通し」は、信頼性で定評があり、他の研究の基礎データとして利用されることも多く、同研究所の「看板」とも言える研究だ。
人口増加率や経済成長率について一定の前提を置き、各品目の需要、供給、価格を計量モデルで織り込むため、膨大な作業が必要で約6000本の方程式体系で構成されているという。
最新版(19年度、古橋元 ・上席主任研究官)は、20年3月4日に公表され、主要な穀物や畜産物20品目について10年先の需要と供給を予測している。同研究所の「農林水産政策研究所レビューNo.96」(2020年7月31日)に掲載されているのはそのダイジェスト版で、専門でない人にも読みやすい。
特に豚肉は、中南米が純輸入地域から小幅ながら純輸出地域に転じるという興味深い予測を示している。中国などアジアで増加が続き、これまで供給源だった北米と欧州に加えブラジルなど中南米もアジア諸国への供給を増やすという見立てだ。
食料の基礎となる穀物の需給は安定しそうだ。インド、南・東南アジアなどの新興国や途上国では比較的高い経済成長率が維持され、これまでの伸びに比べれば緩やかだが引き続き増加する。供給面では穀物の収穫面積がほぼ横ばいで推移する一方、単収の上昇によって生産量が増加する。この結果、穀物の国際価格はほぼ横ばいで推移すると予測している。
少し残念なのは、最新版が公表された直後から新型コロナウイルスの感染が拡大し、需給予測の前提となる経済成長率が大きく下押しする可能性があることだ。10年後の長期予想なので、短期間でコロナ禍が収束すれば大きな修正は不要かもしれないが、コロナ禍が長期化する場合は、経済成長率だけでなく人口増加率の前提も狂う恐れがある。
世界的な不透明感がさらに強まっており、1年後の定期的な予測とは別に中間的なレポートを期待したい。長期の予測と短期の予測は、研究者にとってはまったく別のものかもしれないが、新型コロナウイルスの感染拡大が需給にどのような影響を与えうるのかという「可能性」を示すだけでも、公的研究機関としての存在意義を高めることができるのではないだろうか。
論文(本文)「2029年における世界の食料需給見通し」https://www.maff.go.jp/primaff/seika/attach/pdf/190304_2028_01.pdf