餅とこんにゃくと食品安全 野々村真希 農学博士 連載「口福の源」
2025.01.27

この年始に、お雑煮に餅を入れて食べた方は多くおられるだろうか。今更ながらだが、餅を食す際にとにもかくにも気を付けるべきは、喉に詰まらせないよう、食べやすい大きさに切っておくこと、水分で喉を潤してゆっくりよく噛(か)んでから飲み込むことだ。万が一の時の応急手当ての方法を知っておくことも重要である。(イラスト:餅のリスクとつきあう、筆者画)
どのような食品でも窒息の原因になり得る。窒息事故を生む要因は、その食品の噛み切りにくさ、弾力性や硬さ、形状や大きさなどの食品側の要因だけではない。咀嚼(そしゃく)力や嚥下(えんげ)機能などの人側の要因もある。食品による窒息事故は昔から起こっているが、食品リスク管理の対象として考えられたのは約17年前。こんにゃく入りミニカップゼリーによる窒息事故の問題を契機に、国民生活局(現・消費者庁)が食品安全委員会にリスク評価を依頼し、こんにゃく入りミニカップゼリーを中心に、食品による窒息事故のリスク評価が行われた。
食中毒の原因となる微生物や、残留農薬などの化学物質のリスク評価であれば、動物実験または疫学調査のデータを基に、食品を通じた摂取量に対して健康影響が生じる確率を推定する方法が取られることが多い。しかし、食品の物理的条件と人の咀嚼・嚥下機能が関係する窒息事故のリスクを評価するのに、こうした一般的なリスク評価の枠組みを用いることはできない。そこで、人口動態統計と救命救急センター症例データなどを使い、窒息事故の多い食品ごとに一口当たりの窒息事故頻度を算出する、という評価方法が取られた。
リスク評価結果によれば、最も窒息事故の頻度の高い食品は餅で、1億口(1億人が一口ずつ口に入れた1億口)当たり6・8~7・6と推定されている。その後に、ミニカップゼリー、飴類、パン、肉類と続く。こんにゃく入りミニカップゼリーに限定すると、その窒息頻度は飴類に次ぐものと推定されている。そして、こんにゃく入りミニカップゼリーのもつ窒息事故の要因として、食べる際に上を向いたり吸い込んだりしがちであること、噛み切りにくいものが多いこと、噛み砕かれていないゼリー片は気道にぴったりとはまりやすく、剝がれにくく壊れにくいことが指摘された。
餅の窒息リスクは規制対象になることはなく、注意喚起による対応が続けられている。他方、こんにゃく入りミニカップゼリーについては、注意喚起に加えて、農林水産省による業界指導と業界団体による商品の物性・形状の改善や警告マーク表示の取り組みがなされ、窒息事故件数は抑制されてきた。吸い込み防止のためカップ底をつまんで押し出して食べられるように形状と大きさを変更(ハート型など)したり、ゼリー自体の硬さや弾力性を減少させたりする改善がなされてきた。
欧州連合(EU)のようにゼリー菓子へのこんにゃく使用禁止などの規制という手法もある一方で、事故発生状況を監視しながら、リスク管理機関と業界団体がリスク削減に取り組む方法も、一つの有効な管理のあり方なのかもしれない。
(Kyodo Weekly・政経週報 2025年1月13日号掲載)
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