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フードテック考  鬼頭弥生 農学博士  連載「口福の源」

2024.11.11

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フードテック考  鬼頭弥生 農学博士  連載「口福の源」の写真

 持続可能な食料の生産・流通・消費を目指す方向性の中で、「フードテック」としてさまざまな技術が開発されつつある。中でもしばしば話題となるのは、生産にかかる環境負荷の大きい肉類の代替となるタンパク質の生産・製造技術である。(画像:心に浮かぶのは恐怖か嫌悪か好奇心か、筆者画)

 一口に代替タンパク質といっても、多様な原料・製法の技術が存在する。開発や市場導入のどの段階にあるかはそれぞれ異なるが、大豆ミートなどの植物由来の「プラントベース」食品、昆虫食、動物由来の細胞を培養することによる「培養肉」(「細胞性食品」と呼ばれることもある)、微生物による物質生産(精密発酵)など、実にさまざまである。その性質やそこから想起されるイメージに応じて、消費者における受け止めもさまざまであることが予想される。

 「フードネオフォビア(食物新奇性恐怖)」という言葉がある。P・プライナー博士らによる1992年の論文に従えば、新奇な食べ物(novel food)に対して食べることを躊躇(ちゅうちょ)したり、避けたりすることをいう。こうした恐怖心は、自分に害を及ぼすかもしれない食環境への防御機能として人間(あるいは動物)に備わったものと言えるのだが、フードテックのような新技術に対して防御する方向に働く可能性がある。

 フードネオフォビアとは別に、種々のタイプの嫌悪感もまた、新技術を拒絶する方向に働く。J・ハイド博士とP・ロジン博士らが97年に発表した論文によれば、嫌悪感は汚れの観念に特徴付けられ、中核的嫌悪、動物性想起の嫌悪、社会道徳性嫌悪の3側面があるという。さらに、人々は人為的に感じられる食品についてリスクを高く見積もる傾向があり、その性向もまた技術の受け止めを躊躇するよう働く。

 他方で、新技術を肯定的に受容する方向に作用する要因もある。人々の持つ好奇心は新しいものを試す動機付けになるし、経験や馴染(なじ)みが増せば新奇性恐怖が薄れると予想できる。そのほか、科学への信頼やリスク︱ベネフィットの認知も複雑に絡んだ結果として、新技術に対する個々人の態度が形成されるだろう。

 こうした人々の認知・感情を目の当たりにすると、技術推進側の視点では、「どうすれば受容されるか」とか、「悪いイメージを払拭するにはどうするか」とか、「行動変容を起こすには」という話になることが多い。確かにそうした方略が求められる局面もあるかもしれない。しかしながら、新技術導入の目的が倫理的観点から重要かつ正当なものであったとしても、それに至るプロセスも正当であらねばならないと思われる。たとえまわり道に見えるとしても、結論ありきではない消費者を含めた関係者間の対話と、対話に必要なリスク評価などの手続きと情報共有が、まずは重要になるのではないだろうか。

(Kyodo Weekly・政経週報 2024年10月28日号掲載)

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