東京はブラックホールなのか 藤波匠 日本総合研究所調査部上席主任研究員 連載「よんななエコノミー」
2024.09.30
2023年の東京都の合計特殊出生率が1を下回り0・99となりました。もちろん全国最下位で、全国平均が1・20、2番目に低い北海道でも1・06と、東京の低さが際立ちます。
一方、東京の人口吸引力は極めて強い状況にあります。コロナ禍でいったん減少した東京圏(東京都、埼玉、千葉、神奈川各県)の転入超過数は回復基調にあり、特に30歳未満では早くもコロナ禍前の水準を上回っています。東京の企業が人手不足や経営環境の好転を受けて人材確保を進めているためです。
このところ人口減少を防ぐ観点から、合計特殊出生率の低い東京都への若い世代の集中を問題視する論調が散見されます。若い世代を吸引する東京都をブラックホールとし、少子化の元凶とする向きもあります。
国では、結婚を機に地方に移住する女性を対象に60万円の支援金を給付する案を25年度予算に盛り込む予定でしたが、世論の反発を受け具体化は見送りとなりました。そもそも、こうした政策案が検討される背景には、出生率の低い東京よりも、高い地方に女性が定着した方が出生数が増えるという、根拠に乏しい見通しがあります。
合計特殊出生率はあくまで出生率の見方の一つに過ぎません。合計特殊出生率はある年の年齢階級別の出生率を単純に足し合わせたものです。正確には期間合計特殊出生率と呼ばれ、一生の間に1人の女性が生む子どもの数に近いとされますが、年齢構成や出産時期の差異などに影響されるため、地域間比較には適さない場合があります。
出生率にはほかに「出生数女性比」があります。ある年に生まれた子ども数を15~49歳の女性数で割ったものです。東京都の場合、合計特殊出生率は全国最下位ですが、出生数女性比は42位です。五つの道府県が東京より低い状況にあります。例えば岩手県は、合計特殊出生率は1・16で全国39位と、東京よりはかなり高いのですが、出生数女性比では全国最下位です。
岩手県で、合計特殊出生率と出生数女性比で受ける印象が大きく異なる理由の一つに、合計特殊出生率を計算する際に年齢階級別の出生率を単純合計していることがあります。岩手県の人口構成は少子化と人口流出により若い世代ほど少ない傾向にあり、しかも女性は比較的若い年齢で結婚・出産するため、20歳代で出生率が高く、30歳後半では低くなります。そのような状況で年齢階級別出生率を合計すると、人口の少ない若い世代の出生率が相対的に過大評価され、晩産傾向の強い東京より高い値が出るのです。合計特殊出生率という指標の「くせ」です。
合計特殊出生率だけを見て東京都をブラックホール扱いすべきではありません。東京都は大卒者が多く、晩産傾向があるため、ある程度の低出生率は致し方ありません。それを過大に問題視し、出産・子育て環境を改善すべく給付や無償化政策をむやみに拡充すれば、東京の人口吸引力は一層高まるでしょう。
合計特殊出生率の地域格差ばかりに目を奪われることなく、それぞれの地域で若い世代が豊かに暮らすことができる経済社会の構築を図ることが必要です。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年9月16日号掲載)
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