スペインの食卓に戻った名産アンチョビ 佐々木ひろこ フードジャーナリスト 連載「グリーン&ブルー」
2024.05.06

久しぶりにヨーロッパを訪れたこの春、スペイン・グラナダの街角で懐かしい〝顔〟に出合った。スペイン北部に広がるカンタブリア海のアンチョビだ。
アンチョビとは、カタクチイワシの塩漬けのこと。頭と内臓を除いて開いた新鮮なカタクチイワシを塩漬けにし、発酵・熟成の後にオリーブオイルを注いで保存した缶詰や瓶詰といった伝統的な加工品は、イタリア産やスペイン産が良品として知られている。
なかでもスペイン北部、カンタブリア海のカタクチイワシを使ったアンチョビは、料理界でもファンが多い高級品だ。水温の低い海でゆっくりと大きく育ったカタクチイワシの特徴は、その身にたっぷりと抱え込んだ濃いうまみ。食べ応えのある大きめのフィレを丸ごと、トマトのピューレやオリーブとともにパンに載せたシンプルなピンチョスはもちろん、パスタやサラダに忍ばせれば最上級の美味を楽しめる。(写真:地元百貨店のPBブランドのアンチョビ。カンタブリアのカタクチイワシ漁はその後、国際エコ認証のMSCも取得している)
7年前、私がこのカンタブリア海のすばらしい水産資源回復ストーリーを知ったのは、ひょんなことがきっかけだった。
「この海のアンチョビがまた味わえるようになったんだ。みんなでイワシを守った成果だよ」
レストラン取材で会った現地シェフの何げない一言。それがどうしても気になって、地元の水産研究所を訪れたのだった。
過剰漁獲が続いていたカンタブリア海で、カタクチイワシ資源が激減したのは2005年のこと。研究所が出した警告を受けて、州政府はなんと、翌年からの無期限完全禁漁と漁業者補償を即断したそうだ。漁業者は方針を支持し、アンチョビの加工事業者も他国産のカタクチイワシを製品化することで急場をしのいだ。すると州民は品質が同じでないことを知りながら、事業者を守るためそのアンチョビを買い支えたのだという。こうして人々が一丸となった5年間の後、かの地のカタクチイワシ資源は奇跡的な復活を遂げ、加工事業者も存続し名産のアンチョビも食卓に戻ったのだ。
カンタブリアの海が教えてくれた通り、生物である魚は守れば増える資源だ。しかし足元を見ると、私たちの海では科学的根拠に基づいた資源管理が遅れ、カタクチイワシをはじめ現在も減少を続けている魚種が数多い。この先もずっと、いりこ出汁(だし)の味噌(みそ)汁やシラスが食卓に並ぶ未来はあるだろうか。グラナダの青い空の下、7年ぶりの極上アンチョビを味わいながら、遠い日本の海を思った。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年4月22日号掲載)
最新記事
-
めぐみネット閉鎖・移行のお知らせ
めぐみネットは開設以来、多くの皆さまにご利用いただきましたが、食農分野の情報を...
-
訪日消費、初の8兆円超 週間ニュースダイジェスト(1月12日~1月1...
▼稲作の新たな栽培方法に大賞 高校生ビジネスコンテスト(1月12日) 全国の...
-
崖っぷち農業をめぐる与野党協議に注目 小視曽四郎 農政ジャーナリスト...
政府の2024年度補正予算案は、28年ぶりに衆院で野党の修正要求をのんで成立す...
-
豪でも鳥インフル猛威 供給不足で卵の購入制限続く
鳥インフルエンザの感染拡大などによる鶏卵不足から、オーストラリアではスーパーマ...
-
日本食店数3%増で過去最大 タイ 成長は鈍化、総合和食が1位に NN...
日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所は1月8日、タイで営業する日本食レス...
-
食品輸出促進で稼ぐ力強化 週間ニュースダイジェスト(1月5日~1月1...
▼大間マグロに2億円 2番目高値、豊洲で初競り(1月5日) 東京都江東区の豊...
-
予算膨張115兆円超え 25年度、歳出・税収最大 週間ニュースダイジ...
▼農業総産出額2年連続増 23年、コメや鶏卵価格上昇(12月24日) 農林水...
-
飲み会対策教えます 安武郁子 食育実践ジャーナリスト 連載「口福の...
年末年始は飲み会やパーティーが増える季節ですね。楽しい時間を過ごす一方で、歯や...
-
ふるさと納税の功罪 沼尾波子 東洋大学教授 連載「よんななエコノミ...
年末を迎え、ふるさと納税の返礼品をめぐる「商戦」が活発化している。ふるさと納税...
-
米ナスに懸ける20年間の生産者の努力 青山浩子 新潟食料農業大学准教...
あるレシピ検索サイトで、検索用語の首位が「簡単」から「ナス」に変わったというニ...