食農教育の充実が必要 静岡県知事の発言に違和感 アグリラボ編集長
2024.04.08
年度初めに報じられた川勝平太・静岡県知事の職業差別と受け止められる暴言は、5日の会見でようやく撤回された。その後、焦点はリニア新幹線の着工時期や県知事の後継、果ては退任時期やボーナス受給の妥当性に移っている。
しかし、知事の発言には釈然としない違和感が残った。それは、例示として「野菜を売ったり、牛の世話をしたり」する人を具体例に挙げたことだ。農業の生産や農産物の流通は多種多様で、それこそが、この分野の職業の魅力であり難しさだ。奥の深い産業であり一概に語ることができないことは、現場に近い自治体行政のトップなら常識ではないか。
特に川勝知事のように知性豊かで、自ら「農業を大事にしてきた」と語る知事ならば、野菜の売り方、牛の飼育方法が多種多様で、一人で複数の作業に関わることが多いことを知っていて当然だ。ところが、知事の発言は、食農分野に関する理解が薄っぺらで、旧来の漠然とした印象に染まっていて青果物の流通や畜産業の現場を見ていないように感じる。
知事に限らず、机上論だけで食べものの生産や流通を語る政治家や中央の官僚は少なくない。根底に、食農教育の不徹底がある。義務教育の中でそれなりに扱われているが、それには限界があり、日常生活の中に食農教育が根ざしていない。
経済の高度化に伴って就農者数が減少する傾向は避けられないが、それだけに欧米では、経済の基幹である農業への理解が浅くなることを警戒し、食農教育を重視してきた。例えば、米国の農務省(USDA)は「4Hクラブ」と呼ばれる食農に接する課外活動のプログラムを整備し、ほとんどの州立大学を含む100以上の公立大学に拠点がある。約600万人の子どもたちが参加し、専門知識を持つ職員3500人、実に50万人のボランティアが活動を支える。ボーイスカウトなどを圧倒する米国最大の課外活動クラブだ。
子どもたちの実際の進路が農業ではなく、政治家や官僚、金融街のエリートや情報技術(IT)関連の起業家であっても、農業の現場に接する機会を失わない仕組みが整備されている。「農業大国」としての米国を教育面で支える社会的な基盤であり、長い目でみればリニア新幹線などよりよほど重要なインフラと言っても良い。
日本における食農分野の理解不足の一端は、少し厳しいかもしれないが、「誤解」されている食べ物の流通や生産の側にもある。体験田植えなど児童や学生を農場に招いたり、実習生を積極的に受け入れたりするなど、熱心な経営者も多いが、個別の対応では限界がある。
特に畜産業は、豚熱や鳥インフルエンザなど動物の感染症を予防するため、外部との接触が制限され、隔離される傾向が強い。それだけに、農業協同組合などが組織的に自分たちのことを理解してもらうための積極的な発信が必要だ。(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)
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