食料自給率の死角 基本法改正で熟議を期待 アグリラボ編集長
2024.03.16

「農業政策の憲法」と言われる食料・農業・農村基本法の改正案が国会に提出され、いよいよ審議に入る。これまで明確な定義がなかった食料安全保障について「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態をいう」(改正案2条)と明記し、基本理念に追加(同1条)する点は高く評価できる。
ただ、政策の評価基準として相変わらず食料自給率が偏重され、国産農産物の「量」に焦点が当たっているのは残念だ。国会の審議では、栄養バランスなど食べものの「質」の確保についても十分な議論を期待したい。
現行基本法は「食料自給率の目標は、その向上を図ることを旨とし、国内の農業生産及び食料消費に関する指針」(15条3項)と明記し、農水省は供給熱量を基準にしたカロリーベースの自給率を重視してきた。
しかし、自給率を政策目標に掲げることに問題が多いことは、専門家の間では常識だ。例えば、小嶋大造東大准教授は2月3日に日本学術会議が開催した公開シンポジウムで講演し、「食料自給率から見えてこないもの」として、次の3点を挙げた。
第1は、「超えていれば問題がないというミニマムの水準(閾値)がないこと」だ。敗戦直後の日本や北朝鮮などのように、食料が不足し輸入ができない場合、自給率は100%になり餓死者が出る。その一方、シンガポールのような貿易立国は自給率が低くても豊かな食生活を維持できる。何%以上だと好ましいという明確な水準を示すのは困難だ。
他の2点として、小嶋准教授は「栄養バランスが考慮されていないこと」と「食品ロスが考慮されていないこと」を挙げ、「食料自給率は、あくまでも、国内の食料供給の姿をとらえる1つの指標」と強調し、栄養面を考慮した指標などの採用を提言した。
同じシンポジウムで武見ゆかり女子栄養大学教授は「日本の食生活が豊かだというのは誤解だ」と指摘し、玄米、雑穀など精製度が低い穀物や、果物、ナッツの摂取が過少だとし、「量」(カロリー)ではなく「質」(栄養バランス)を重視するよう訴えた。
基本法の改正は、自給率の偏重を見直す絶好のチャンスだが、自民党の農林議員は「食料安保のために自給率の向上が必要だ」という旧態依然の議論を繰り返し、政府の改正案の自給率に関する部分は、「(目標は)食料自給率の向上その他の食料安保の確保に関する事項の改善が図られるよう」(改正案17条)定めるという表現になっている。
自給率だけでなく「その他の食料安保に関する事項」を追加する点で「半歩」前進だが、食べものの「質」への踏み込みが弱い。国内生産者にとって自給率が農業保護の論理的支柱になっている状況は理解できるが、小嶋准教授が指摘しているように妥当な水準を合理的に説明することはできない。
国会審議では、「その他の食料安保に関する事項」が何を指すのか、食べものの「質」はどのように評価するのか、具体的にどんな数値目標を採用するのかなど、生産者だけでなく消費者の視点で議論してほしい。(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)
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