三河エリアの循環型牧場 畑中三応子 食文化研究家 連載「口福の源」
2023.12.18
エサや資材、光熱費の高騰で現在、日本の酪農は危機に面し、廃業があとを絶たない。これまでエサの大部分を輸入に頼ってきた愛知県は、全国でも特に厳しい状況にあるという。そんな中、エサ自給への転換に努める三河エリアの牧場2カ所を訪ねた。
愛知県の酪農は明治のごく初期、旧尾張藩士による〝ベンチャービジネス〟として名古屋市の中心部から始まり、一時は北海道に継ぐ牛乳の大産地になった。
三河エリアは大正~昭和戦前期、畑と田んぼの堆肥を得るため畜産を取り入れた。養鶏の伝統があり、在来の配合飼料が入手しやすい環境だったが、戦後は安い輸入品にシフトした。北海道のような開けた土地が少なく、牧草はほとんど作ってこなかった。
西尾市の小笠原牧場は、持続可能性がうたわれるずっと前から、循環型の酪農を続けている。愛知県には食品メーカーの工場が多く、製造の過程で生じる各種の食品残渣(ざんさ)を引き受け、エコフィードとして活用して飼料自給率を上げてきた。
残渣といえども、土地の特色がくっきり。醸造業が盛んな三河らしいのが、豆みそ、たまり、みりん、酢、酒など発酵食品の粕(かす)だ。吟醸酒造りでコメから削り取った白ぬかも、エサのよい原料になる。大豆食品は残渣にも牛に必要な必須アミノ酸が豊富に含まれ、栄養価が高い。発酵したエサを与えることで、牛の食欲が落ちにくくなるという。
ユニークなのがタケノコの皮。近くの食品メーカーが処分に困り、土中に埋めていたことを聞いた牧場主の小笠原正秀さんが「カンピューターを働かせて、モナカを混ぜて糖分を加えたら大正解」、牛たちがよく食べ、繁殖率が高まったそうだ。愛知県はモナカの皮やアイスクリームコーンの大生産地で、バリの部分が大量に廃棄されている。
ふんや尿は堆肥にして地元農家に提供し、コメや稲わらになって牧場に戻ってくる。酪農を通じて、地元の企業や農家とのつながりが広がり、環境や社会課題について話し合う機会も増えた。
刈谷市・清水牧場の清水一将さんは2年前に経営を引き継いだばかり。稲と飼料用トウモロコシを地元農家に委託生産してもらう耕畜連携を進めている。現在、牛の基本的なエサの粗飼料は国産8割を達成し、エサにかかるコストが高騰前の水準に戻った。
清水牧場では、地域の小学校と連携して年間約1300人の見学者を受け入れている。牛乳は工場で作るものと思い込み、牛から搾ると知って驚く小学生も少なくないが、皆すっかり牛好きになって放課後に遊びに来る子もいるそうだ。
牛が自由に歩き回れる小笠原牧場の牛舎に入ると発酵食品の匂いが漂い、牛たちがいっせいにすり寄ってきて人間への信頼が伝わる。清水牧場には1頭ずつ仕切られたウオーターベッドが設置され、牛たちが気持ちよさそうに過ごしていた。よい牧場とは、牛に対してやさしい牧場ではないか。そう実感した。(写真:牛舎は歩き回れて牛の自由度が高い。柔らかなウオーターベッドで、のんびりくつろぐ清水牧場のホルスタイン。筆者提供)
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年12月4日号掲載)
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