イセ食品がインドで無期限操業停止 資金繰り悪化、事業譲渡を模索 NNA
2023.12.13
イセ食品が12月2日の納品をもって、インドでの鶏卵の製造・販売を無期限に停止したもようだ。日系飲食店など、複数の取引先への取材で明らかになった。販売開始から約1年半。生で食べられる鶏卵として在留邦人の食生活を支えていただけに、現地では驚きや惜しむ声が相次いだ。資金繰りの悪化が背景にあり、事業譲渡を含めて鶏卵事業の継続を模索しているとみられる。(写真上:インド北部グルガオンの食材店では、「12月2日に終売が決定している」として包装資材の変更を説明する文書が添えられた鶏卵が販売されていた=3日、NNA撮影)
小売り・卸売りを含め全ての製品の製造・販売を無期限に停止したもようだ。NNAが入手した関連文書によると、インド駐在者を中心とする顧客にとっての重要インフラの一つとして製造・販売の継続に努めてきたものの、これ以上操業することが困難だとの結論に至ったという。飼料・燃料・人件費などの高騰が理由だと説明している。
イセ食品はスズキと共同で設立した現地法人、イセ・スズキ・エッグ・インディアを通じ、2022年6月にインドで鶏卵の販売を開始した。日本と同様の洗浄と殺菌を施し、生でも食べることができる鶏卵として在留邦人の間で話題を呼んだ。日本人が多い北部デリー首都圏の一部の飲食店では、「卵かけご飯」など、生卵を全面に出したメニューも提供されていた。
操業停止の背景には資金繰りの悪化がありそうだ。複数の取引先関係者が、イセ側から過去数カ月間で代金の週払いや日払いをもちかけられたと話した。通常、月末締め翌月払いで代金を支払うことが多いが、インドでは大手スーパーなどでも「支払いがこげつく」(関係者)ことがあり、売掛金の回収に苦労していたようだ。一方、イセ食品は日本で経営再建中。資金調達が困難だったとみられる。ただあくまで廃業ではなく操業停止であり、事業譲渡を含めてインド鶏卵事業の存続を模索しているもよう。
イセ食品とスズキはNNAの取材で、「現時点では何も回答できない」とコメントした。イセ・スズキ・エッグ・インディアにはイセ食品が60%、スズキが40%を出資している。
■ベジの国、鶏卵事業に厳しさ
イセ・スズキ・エッグ・インディアは今年に入ってから生産拠点を北部の州から首都圏のノイダに移したばかり。6月下旬には、事業拡大に向けパッケージデザインの異なる2ブランド展開を開始していた。NNAが取材した今年7月時点では販売個数も伸び、単月黒字化も視野に入っていたという。ただ、取引先を取材するとインドでの鶏卵事業の難しさも浮かび上がってきた。
(インド首都ニューデリーに隣接するノイダに今年設置したイセ・スズキ・エッグ・インディアの工場=7月、NNA撮影)
「卵を生で食べるのは、世界的にも日本人くらい」と複数の取引先関係者が話すように、インドでは卵を生で食べる習慣はない。そのため日本同様の洗浄・殺菌を施した鶏卵はイセ食品のほかにない。日本同様の衛生基準を確保するには、施設の設置や機材の導入を含めコストがかさむが、生で食べられるというメリットはインド人には響かない。
ある食材店の関係者は「インドで事業をするなら日本人だけではなくインド人にも足を運んでもらえるようにしないと厳しい」と指摘する。
在留邦人の数はインド全体で8000人程度(22年10月時点、外務省)で、日本人相手では母数が小さい。イセ・スズキ・エッグ・インディアは大規模な事業展開を目指して当初から現地の中間層をターゲットに定めていた。販売開始後、日本人には「生で食べられる」ことから喜んで受け入れられた一方で、「インド人にはコストがかかっている分のメリットを理解してもらうことが難しかったのでは」という指摘があった。
日系の飲食店や食材店の関係者によると「味が特別おいしいというわけではない」。火をよく通す食事に関しては生で食べられる鶏卵を使う必要がないため、より安価だったり、おいしいと判断した地場の鶏卵を使用していた店もあるようだ。イセ食品の鶏卵を使用していても、リスク回避のため生や半熟で提供していなかった店もある。北部の州から輸送していた昨年時点では「生で食べられる期限が迫った鶏卵が届いたこともあり、地場企業の卵に切り替えた」店もあるという。関係者らは、操業停止による影響はほとんどないと話した。
ベジタリアンが多いインドの市場環境の厳しさを指摘する声もあった。鶏は毎日一定数の卵を産むため、売れないと在庫が日増しに積み上がる。「日本には売れ残った鶏卵を買い取ることのできる食品会社があるが、マヨネーズや菓子などでもベジタリアン対応で卵を使わない食品が大半なインドではそれが難しい」という。
■在留邦人、食生活に打撃
イセ食品の鶏卵の製造・販売停止を受け、在留邦人からは驚きや惜しむ声が上がっている。特に子どもと一緒に暮らす家庭では衝撃が大きいようだ。日系企業が集積する北部グルガオン在住の男性会社員(43)は「わが家は子どもがまだ小さく、安心して食べることができる卵はイセの卵だけだった。数年前は生卵をインドで食べることができるなんて信じられなかったので、その頃に逆戻りするのが残念で仕方ない」と語った。
グルガオン在住の主婦(40代)は「日本人学校に通う子どものお弁当に卵が重宝していた。卵料理だけでなくハンバーグのつなぎやホットケーキなど多くの料理に使うため、急な話で途方に暮れている」と話した。地場企業の鶏卵は殻が汚れていたり、常温で保管されていたりするので使用に不安があるが、これからは「妥協してインドで比較的安全な卵をリサーチし、殻を洗うなどして使用するつもりだ」という。
渡印して以来、「ずっとイセの卵を使ってきた」と話す別のグルガオン在住の主婦(40)は「インドでは信頼できるものに出会うのが難しい。2歳の子どもを含め卵はほぼ毎日食べるものなのでつらい。今後は卵を生や半熟で食べることはできなくなる」と嘆く。操業停止の情報はSNSを通じて広がり、最後の納品日には今後1カ月分くらいに相当する3パック(計30個)を確保したという。
無期限操業停止に先立ち、11月下旬以降、SNS上でも困惑を表する投稿が相次いだ。取材した在住者からは事業継続を希望する声も上がっていた。(NNA 榎田真奈)
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