まき続けた「小農」の種 山下惣一さん死去 共同通信アグリラボ所長 石井勇人
2022.07.13
農作業に従事しながら小説やルポを発表、小規模農家の重要性を訴えて続けてきた山下惣一さんが7月10日、亡くなった。86歳。佐賀県唐津市の自宅で肺がんの療養を続けていた。
玄界灘に面した同市湊町の自宅を訪ねたのは2016年11月だった。食卓を挟んだ大型テレビに向かって、大相撲九州場所で活躍する地元の大関琴奨菊に声援を送っていた。肺がんの療養中で痩せていたが、いつもの屈託がない笑顔で、自宅周辺の農場を案内してくれた。
主力のミカンのほか、コメ、デコポン、レモン、梅、6種類の野菜も栽培。「暮らしていくための農業だから、何でもやるよ」。だから、山下さんは自分のことを「百姓」と誇った。ミカンを、ひとつひとつタオルで丁寧に磨いて、「もうかるわけないね」と笑い、直売所に出荷していた。「なぜ」と問うと、「これが生活の一部だから」。
(写真はいずれも2016年11月、筆者撮影)
農家を継ぐのが嫌で家出を試み、文学に対する憧憬を捨てきれない。1970年に小説「海鳴り」で農民文学賞(日本農民文学会)を受けた文学青年・山下さんは、「なぜ自分は農家を継ぐのか」を自問し続けた。たどり着いた答えが「小農」だ。山下さんは「家族の労働で、家族と暮らすことを目的とした農業」を「小農」と定義し、鹿児島大学名誉教授の萬田正治さんらと2015年11月に「小農学会」を設立し、「小規模農家は生き残る」という理論を磨き上げた。
当時、環太平洋連携協定(TPP)交渉と表裏一体の形で農政改革が推進されていた。自民党の小泉進次郎農林部会長は、「農業はもうからないから若い人が参入しない」「後継者がいないから農業は持続可能でない」と、歯切れの良い三段論法を展開し、「規制緩和を進めて農業を魅力のある産業にし、ビジネス感覚のある若い人や企業の参入を促す」と訴えていた。
小泉部会長が語る「持続可能性」の「嘘」を見抜き、理論と実践の両面で正面から反論できたのは山下さんや萬田さんたち、ごく少数だ。「規模を拡大すれば(栽培作物を絞り込む)単作化が進み経営リスクは高まる」「燃料、肥料、農薬を大量に浪費し環境を破壊する重厚長大型の農業こそ、持続可能ではない」と反論し、「家族農業は小規模で効率が悪いからやめてしまえという主張はまったくの暴論だ」と怒った。
残念ながら、小農学会の主張は現在の農政の主軸とは言い難い。しかし、農業の成長産業化の施策が行き詰まるたびに、遠くの灯台のように進路を示しているのが、山下さんたちの「生活のための農業」つまり「小農」の理論だ。現行の食料・農業・農村基本計画や、農林水産省が推進している「みどりの食料システム戦略」にも、「小農」の考え方が、十分とは言えないまでも反映されている。
山下さんにとって、病気も生活の一部だった。亡くなる前日まで自宅で肺がんの療養を続けていたという。生活をしながら山下さんが各地でまいた「小農の種」は、あちらこちらで確実に育っている。雑草のように、踏まれても、引っこ抜かれても、山下さんの思想はしぶとく永遠に生き続けるだろう。合掌。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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