越冬する新しい稲作 小規模栽培向け、普及始まる 共同通信アグリラボ所長 石井勇人
2022.04.16

秋に刈り取った稲の株を越冬させ、数年連続で収穫する稲の栽培技術を、神奈川県の篤農家が開発し、普及活動を始めた。耕さず、田植えもせず、肥料も与えず、環境との調和を実現でき、特別な技術も不要なため、自分で栽培して自家消費したい人や、何らかの副業をしながら営農する「半農半X」の小規模な稲作にはぴったりだ。(写真:神奈川県相模原市の農場で育つ3歳の多年草稲=小川誠さん提供)
常識を覆す
通常、水稲は、田んぼに水を張って苗を植えて育てる(田植え)。茎が伸びると田んぼから水を抜き土に亀裂が出るまで乾燥させ(中干し)、その後は水を張ったり抜いたりを繰り返し、穂が出た後は乾田にして収穫を迎える。
暖かい地方では、刈り取った稲の株から芽吹く「ひこばえ」をそのまま育てて2度目の収穫をする例もあるが、いずれにせよ稲は冬を越せず、籾(種)から苗を育て収穫・採種するサイクルを1年で繰り返す。このため稲は「単年草」というのが常識だ。
ところが約10年前、耕さないで冬場も田に水を張る「不耕起・冬期湛水稲作」を実践していた相模原市の小川誠さんは、冬に枯れてしまう稲の株の一部が越冬し、翌年には新たに芽吹いて育つことに気が付いた。
水温や湧き水の流れなど株が越冬しやすい条件を粘り強く観察・分析し、稲の品種を変えるなど試行錯誤を経て、3年連続で収穫できる技術を確立した。
(2歳の稲の発芽=以下4枚は小川さん提供)
怠け者の稲作
小川さんの栽培手法では、1年目は通常通り田植えをして秋に刈り取る。しかしその後の作業は「非常識」だ。収穫後再び水を張って越冬する。作業は水位を常に10㌢程度に保つことだけだ。4月上旬になると枯れないで生き残った株から発芽が始まり、もちろん田植えは不要だ。
すべての株が越冬できるわけではないが、越冬した株は太く強固になり1株に茎が100本育つことも珍しくない。さらに、地下茎ができることも分かった。種子を使って増やすのではなく株分けという、これまでの稲作とは根本的に異なる増殖が可能だ。
(1歳のイセヒカリ)
6月には扇のように1株から多くの葉が開く。成長は極めて早く7月上旬には順次穂が出て、8月上旬から収穫が始まる。多年草化した稲は育つ場所が点在するだけでなく、収穫時期も10月までばらつくため、機械で一斉に刈り取ることができない。2、3回に分けて穂先だけを切りとる抜穂(ぬきほ)という手作業が必要だ。
(1歳のさとじまん)
作業の機械化や経営規模の拡大が難しいのが大きな欠点だが、「発想を変えれば」と小川さん。作業が集中しないため独りでも営め、大型農機の投資や燃料も不要だ。小川さんの試算では、従来の手作業による米作りの場合、熟達農家で年間300時間、平均400~500時間必要だが、多年草稲だと108時間で済む。
農機の操作や施肥も不要で入門者にもハードルが低く、浮いた時間を副業や趣味に使える。「手を抜けるところは徹底的に手を抜く、怠け者の米作り」と小川さんは表現する。
(地下茎で育った多年草稲)
普及活動
「稲の多年草化栽培」は、3月18日に商標登録が認められ、小川さんは自身が営農する水田で見学会や研修会を開く一方、4月1日に手引書である「稲の多年草化栽培」(地涌の杜)を出版。各地でも講演会・学習会などを開き普及に乗り出した。研修を終えた農家が試みる例もあり、4月9日に相模原市で初の「稲の多年草化栽培全国集会」を開いた。
会場では約90人が、小川さんの説明に聞き入っていた。多年草化栽培の実践を目指す農家や定年後に農業をやってみたいという中高年もいたが、大半は自分で食べるものはできるだけ自分で栽培したい、環境に優しい農家を応援したいと考える消費者で、若者も多い。
「バケツでも栽培できるのか」、「できる」。「水温が低い寒冷地でもできるか」、「やってみないとわからない」ーこんな活発な質疑応答が交わされていた。
集会では多年草化に挑戦している栃木県足利市と愛媛県四国中央市の農家や、不耕起・冬期湛水稲作を実践している横浜市の農家が体験を語り、「冬も湛水することで明らかに生物多様性が豊かになる」などと報告した。
(稲の多年草化栽培全国集会で説明する小川さん)
集会で講演した福島大学食農学類の金子信博教授は「稲は竹などと同じ仲間で、遺伝子の中に多年生の情報が残っている可能性がある」と、理論的にも条件が整えば多年草化は実用可能だと説明し、実際に中国の雲南大学では実用化するための育種開発が進んでいるという最新情報を伝えた。大規模生産の面で中国に先を越される恐れがあるのだ。
他にも課題はある。「多年草」とはいえ、最年長は「3歳」で現在「4歳」に挑戦中だ。越年すると株がばらつくため、移植などの作業が必要になる場合もある。小川さんは「自然界には未知の妙なる仕組みがある」と言い、引き続き試行錯誤を重ね、多年草化しやすい最適品種を探したいと言う。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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