誠意込め果物届ける 農園支える元ビジネスウーマン 山田昌邦 共同通信福島支局長
2021.11.29
「フルーツ王国」福島県に赴任して2年余り。この間に食べた桃の数は、それまでの50余年に食べた数を上回るかもしれない。桃の「箱買い」は当たり前。福島市の郊外に出ると、季節ごとに桃や梨、ブドウ、リンゴなどを実らせた果樹園が沿道に続き、目を楽しませてくれる。
福島市飯坂町の「まるせい果樹園」もその一つ。東京ドーム2個分、約9㌶の農園で桃をはじめサクランボやリンゴ、柿など7種類の果物を栽培。果物狩りのほか、直売所で新鮮な果物やジャムなどの加工品を販売、併設の「農家カフェ」は桃を丸々1.5個乗せたパフェが人気だ。
取り仕切っているのは佐藤清一社長の妻ゆきえさん(50)。(写真:リンゴの生育状況を確認するゆきえさん=11月2日、筆者撮影)高校卒業後2カ所目に就職した農協では、組合員一人一人に合ったライフプランを提案することで共済の加入契約獲得数が2年目でトップに。「私、物を売る素質があるのかも」。独立心が芽生え、化粧品や下着などを販売する代理店に転職すると、最年少記録の24歳で店長に就いた。
商売は順調だったが、果樹園の後継ぎだった清一さんとの結婚や息子2人の出産を経て29歳の時に家業に入った。清一さんからは「即売所の店番をしてくれ」とだけ頼まれた。農業、果物の知識、経験はゼロだった。
「物を売るなら商品のことを知らないと」。文献を読んだが用語がさっぱり分からない。果樹栽培を子ども向けに説明する絵本から読み始めて少しずつ知識を深めた。畑に立ちたくても当時、女性の仕事は剪定した枝の拾い集めなど後片付けが中心。「自分も切りたい」と農協主催の剪定講習会に通い、技術を身に付けた。
ビジネスの世界にいたゆきえさんから見れば、農家の経営はどんぶり勘定で、経験と勘に頼る生産管理も気候変動の影響で当てはまらないケースが出てきていた。データを重視した経営、生産を提案。改善を重ねることで売り上げを伸ばしていった。
そんな中の2011年3月、東日本大震災と福島第1原発事故が発生。商品の残留放射線量は検出限界値以下だったが、風評から団体客は激減。常連客からも「贈答用には...」と敬遠されるなど売り上げは半分近くに。
「いくら安全と言っても根拠がなければ信じてもらえない」。肥料や農薬の使用状況など詳細な生産過程を記録し安全性を担保するGAP認証制度の存在を知り、13年から17年にかけて国内規格のJGAP、国際規格のグローバルGAP、アジア版のASIAGAPそれぞれの認証を取得。売り上げは4年で震災前を超え、従業員の働く意識向上にもつながった。GAP指導員の資格も持ち、県内外で普及活動に携わっている。
ゆきえさんは発送する商品に手書きのお礼を添えるのも忘れない。「届けるのは心も一緒に」。コロナ禍で再び厳しい状況だが、冷静なデータ分析と顧客への誠意で、この苦境を乗り越える。
(Kyodo Weekly・政経週報 2021年11月15日号掲載)
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