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「人を呼び寄せる力」信じて  福島で五輪向けトルコギキョウ栽培  山田昌邦 共同通信福島支局長

2021.08.30

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「人を呼び寄せる力」信じて  福島で五輪向けトルコギキョウ栽培  山田昌邦 共同通信福島支局長の写真

 東京五輪・パラリンピックの表彰台に立ち、笑顔をはじけさせるメダリスト。その手にあるのは副賞のビクトリーブーケだ。「復興五輪」の象徴として宮城県産のヒマワリ、岩手県産のリンドウ、そして福島県で栽培された薄緑色のトルコギキョウがあしらわれている。

 五輪開幕から間もない7月下旬、福島県浪江町でトルコギキョウなどを生産しているNPO法人「Jin」を訪ねると、同法人創設者の川村博さん(66)が収穫したばかりの花に囲まれ、出荷作業に追われていた。(写真:7月27日、筆者撮影)

 東京電力福島第1原発の北約4㌔から北西約34㌔に広がる浪江町は原発事故後、全町避難を強いられた。10年後の現在、避難指示が解除されたのは町面積の2割にとどまり、人口も7%しか回復していない。

 川村さんは2005年、原発の北約7㌔の場所でJinを設立し高齢者のデイサービスなどを担ってきた。事故2年後の13年春、事務所周辺の立ち入り制限が緩和され、避難先から戻ったものの介護すべき住民が帰還せず、野菜などの試験栽培を始めた。夏野菜は順調に育ち、残留放射性物質のモニタリング結果は検出限界値以下。

 ところが、出荷直前に原発敷地内でがれき処理が行われて放射性物質が飛散、野菜から基準値を上回る数値が検出され出荷停止となった。

 奇跡が起きたのは翌春。1㌶ほどの畑に放置していた白菜の株から菜の花が一斉に咲き、国道6号沿いの一角を黄色に染めた。すると除染土などを運ぶトラックの運転手が降りてきて川村さんに声を掛けた。「心が洗われるようだ」。事故後の福島の沿岸部は人の営みが消え、荒涼とした風景が広がっていた。

 「花は人を呼び寄せる力がある」。そう気付いた川村さん。しかも消費者が口にする野菜などに比べて風評被害も小さい。県や町の後押しもあり、町に人が戻ってくるきっかけにと、花の栽培に取り組むことを決断した。

 しかし花作りは全くの素人。15年春から1年半、花業界のカリスマ生産者と呼ばれる長野県松本市の上條信太郎さんに教えを乞うた。教えの通り愚直にトルコギキョウを栽培すると、徐々にボリューム感があって日持ちもする花を生産できるようになり、市場でも高値で取引されるようになった。

 一部地域の避難指示が解除された翌年の18年、住民3人が町に戻り、川村さんの門をたたいた。川村さんは勉強会を重ねて開催し、惜しみなくノウハウを伝授、その後も研修生を受け入れている。「町に戻ってきても生計が立てられないと意味がない」と川村さん。

 現在は20棟のハウスと露地計約8400平方㍍で年間50種、約10万本の花を「Jinふるーる」のブランドを付けて生産している。

 しばらくの間は早朝から夜までの作業が続くが、「福島の花が世界の人の目に触れるのは誇らしい」。川村さんの表情に疲れの色は見えない。

(KyodoWeekly・政経週報 2021年8月16日号掲載)

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