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公益的組織のあるべき姿へ  地域医療の核目指す志摩市民病院  藤波匠 日本総合研究所調査部上席主任研究員

2021.03.29

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公益的組織のあるべき姿へ  地域医療の核目指す志摩市民病院  藤波匠 日本総合研究所調査部上席主任研究員の写真

 風光明媚で名高い三重県の伊勢志摩国立公園に隣接する丘の上に、志摩市民病院はあります。

 この病院は、いまでこそ地域になくてはならない存在となっていますが、数年前まで赤字体質の上、スタッフと患者の減少の悪循環で、地域からもほとんど顧みられることのないような状況にありました。

 2015年に現院長である江角悠太医師が30代で赴任してほどなく、彼を除き勤務していた医師3人全員(当時の院長を含む)が自主退職することになり、病院機能を維持することは極めて厳しい状況になりました。

 途方に暮れた江角医師ですが、住民との意見交換の末、病院の存続が求められていると感じ、新院長として医師の確保に奔走します。どうにか医師の確保にはめどが立ったものの、次なる壁は赤字体質でした。以前はスタッフ不足もあり、満床まで入院患者を受け入れることができず、症状によっては診察を断ることもあり、毎年多くの赤字を計上していました。

 院長になった江角医師は、「絶対に断らない」を掲げ、患者の門前払いを禁止し、積極的に入院患者を受け入れる方向にかじを切ります。当然、少ない人手で多くの患者に対応しなければならなくなり、スタッフの負荷が増したことは間違いありません。

 しかし、効果はほどなく表れます。入院患者の受け入れを増やしたことで、収支は目に見えて改善し、必ず診てもらえるという安心感から、地域住民の足が志摩市民病院に戻ってきたのです。スタッフの1人に聞けば、「以前は患者が少なくて暇だったが、いまは忙しさの中に充実感がある」とのことです。

 そして、病床を満床にすることによって収益を確保し、その財源を基に訪問看護など、地域住民の暮らしに不可欠な活動にも精力的に取り組んでいます。(写真:志摩市民病院のスタッフ=筆者撮影)

 江角医師は、地域から学校と病院がなくなれば、人は地域を去っていくと言い、志摩市民病院を地域医療の核として再生させようとしています。彼のここまでの取り組みや考え方から、地方創生に向けた公益的な組織のあるべき姿が示唆されます。

 一つが、公益的な活動であっても、収益が期待できる分野ではしっかりと利益を確保することが重要ということです。それができて初めて収益があまり期待できない、病院でいえば訪問看護のような活動も維持していくことができるのです。

 そしてもう一つ、地域住民に「なくてはならない組織」と認めてもらうことの重要性です。地域の人の関心を引き、信頼されなければ、組織は存在意義すら失ってしまいます。志摩市民病院では、毎年病院まつりを開き、地域に開かれた病院像を作り上げようとしています。

 地域おこしのような団体であれば、地域住民に出資者や担い手になってもらうという方策もあるでしょう。人口が減りゆく中で、どのように地域を持続可能にしていくのか。知恵と情熱が求められています。

(Kyodo Weekly・政経週報 2021年3月15日号掲載)

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