お互いにレシピを公開 湯布院、旅館が料理学び合い 出町譲 ジャーナリスト
2021.02.01
大分県の温泉地、由布院を訪れた際、地方再生の原点を学んだ。教えてくれたのは、新江憲一だ。地域に根差しながらも、全国的にも有名なカリスマ料理人である。由布院は、近くの別府と違って、大型温泉旅館ではなく、小さな旅館が軒を連ねるのが特徴だ。その魅力の一つは、土地の食材を使った料理だ。
(写真:由布院の食材を使った料理)
新江は、旅館同士が電話やファクスでやり取りしていることを明らかにした。「あのお客さんには昨日どんな料理を出した?」「昨日は肉料理を出しました」「それではうちは魚を主体に出します」。連泊する顧客を飽きさせないための情報交換である。それが、由布院温泉の日常光景となっている。旅館の最も重要な一角、厨房さえも、お互いに公開し合う。
新江は1998年、「ゆふいん料理研究会」をつくった。現在は、由布院の旅館150軒のうち、30軒ほどのオーナーシェフが参加している。料理人の武器ともいえるレシピをお互いに公開した。料理人といえば、秘伝の味などと称して、料理を囲い込むケースが多いが、それとは全く違うスタンスを貫いた。
「お客さまは何を求めているのか。何を出せば喜んでもらえるのか。それを徹底的に議論しました」。研究会では、季節ごとに、食材をどのように料理するのか、さらにどう盛り付けるのか、などを学び合う。 例えば、春は山菜、夏はトマト、冬はカブ。地域でとれる食材を、料理人がさばく。レシピは見せ合う。お互いに味見をし、批評する。
それは、由布院の食のブランドを引き上げる結果をもたらした。ライバル同士なのに「なぜ」と不思議に思う。「地域がみんな仲良く頑張ることはいいことじゃないですか」
私が由布院を取材して、頭をよぎったのは、スペイン北部にある人口18万のサンセバスチャン。世界中の美食家をうならせ、観光客が殺到する。サンセバスチャンには、数多くのバルがある。その最大の特徴は、ライバルであるはずのバルが互いのレシピを教え合っていることだ。
狭い路地にあるバル全体のレベルアップにつながっている。観光客は食べ歩きを楽しみ、長期滞在するという。サンセバスチャンは元々、海の幸や山の幸、畜産などが豊富だった。
ただ、素材だけでは勝負できない。そこで若いシェフたちが1990年代後半から、地元の料理界で革命を起こした。彼らは世界を旅してきたつわものだ。地元素材を生かし、世界中の味付けを加味した。さらに、一流店には「料理研究室」があり、科学的な料理研究も行っている。わずか十数年でサンセバスチャンは様変わりした。
由布院、そしてサンセバスチャン。地域の食材を生かし、地域全体を底上げする。それは、地方再生の要諦だと思う。(敬称略)
(Kyodo Weekly・政経週報 2021年1月18日号掲載)
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