つくる
〝安心〟発信の拠点、「浜の駅」 山田昌邦 共同通信福島支局長
2021.01.25

21年ぶりに訪れた浜は、記憶の風景と結び付かなかった。
宮城県境に近い、福島県相馬市の松川浦漁港で1999年秋、「全国豊かな海づくり大会」が現在の上皇ご夫妻も出席して開催され、当時、宮内庁担当だった私はご夫妻がヒラメの稚魚を放流される様子などを取材していた。
11年半後に起きた東日本大震災。津波は松川浦の漁港も市場も集落ものみ込んだ。それから間もなく10年。今は区画された更地が広がっている。しかし新しい漁港施設や市場が建設され、昨年10月、地元の水産物や農産物などを販売する「浜の駅 松川浦」がオープンした。
店長を務める常世田隆さん(61)は、外資系金融企業でセールスやマーケティングを担当していたという経歴を持つ。震災後、ボランティアとして東京から毎月バスで被災地を訪れ、13年からは福島の被災者の話を聞くツアーに参加、単独でも福島に通うようになった。
転機は56歳だった2015年。顧客よりも株主を重視する企業姿勢に疑問を感じていたところに早期退職の募集があり、サラリーマン生活に見切りを付けた。
南隣の南相馬市に移住し仮設商店や、福島の現状を見てもらう「ホープツーリズム」の運営に携わっているうちに「浜の駅」の構想が立ち上がり、「店長に」と声が掛かった。
浜の駅運営にはサラリーマン時代の経験も生かしている。「マーケティングは〝Ing〟。進行形で動いている」と商品のレイアウト、パッケージ、ネーミングの試行錯誤を日々繰り返す。常に店内を歩き回り、客の反応を見逃さない。
目玉は200㍍先の漁港に揚がったばかりの新鮮な水産物。茨城県沖から福島県沖にかけての太平洋は黒潮と親潮がぶつかる「潮目」。栄養分豊かな海が育んだカレイやアンコウなど「常磐もの」のブランドで知られる魚介類が店頭に並ぶ。(写真上:地元の漁港に揚がったドンコ=エゾイソアイナメを持つ常世田店長、筆者撮影)
しかし約45㌔南で起きた原発事故は常磐ものにも深刻な打撃を与えた。飛散した放射性物質で海も汚染され、沿岸の漁は震災翌年の6月に再開したものの、魚種や海域、操業日数を絞った試験操業を余儀なくされてきた。
16年以降は検査した検体全てが放射性セシウム濃度の国の基準値(1㌔当たり100ベクレル)を下回り、現在はほとんどが検出限界値以下だ。
「安全と安心には違いがある」と常世田さん。検査結果は「安全」を示しているが、それだけでは「安心」につながらない。「地元の人がたくさん食べて初めて安心が生まれる。浜の駅をその発信拠点にしたい」
漁協は今年春にも本格操業を始めたい考えだ。一方で、政府は福島第1原発にたまり続ける処理水の海洋放出を検討している。新たな風評被害が発生しかねないが、「うまい」という地元の人の声を力に試練を乗り越える。
(Kyodo Weekly・政経週報 2021年1月11日号)
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