対日コメ輸出で揺さぶりも TPP復帰は困難か 米次期政権の対日通商政策
2020.11.08
米大統領選挙で当選が確実になったバイデン氏にとって、次期政権での最大の課題は、国民の分断の修復だ。従って通商政策においても、環太平洋連携協定(TPP)復帰のような国論を割る課題に直ちに着手するとは思えない。確かにTPP離脱を決めたのはトランプ政権だが、TPPに関しては民主党の左派も強く反対しており、TPP復帰は国論どころか党内の分裂さえ誘いかねない。
ただ、新型コロナウイルスの感染拡大に対する経済対策として、米国は巨額の財政出動による需要刺激策を採用しており、輸入の急拡大は不可避だ。いずれ不均衡是正は経済政策の重要課題として浮上してくる。当面は中国との交渉が主軸となり、対日通商交渉の優先度は低いとみられるが、日本からの対米自動車輸出が急増する事態もありうる。
自動車産業の保護は民主党と共和党に共通した課題であるだけに、確実な成果を求める厳しい交渉が予想される。その場合2通りの枠組みがありうる。一つは、復帰を前提とした「TPP再交渉」。もう一つは今年1月に発効した日米貿易協定の「第2弾交渉」だ。
日本政府は、米国のTPP復帰を望んでいるようだが、11カ国を相手にするTPP交渉は発効までに時間がかかる。一方、実利の面では二国間交渉を重視するトランプ政権の通商政策は一定の実績を挙げてきた。
日米貿易協定で、日本は自動車に対する追加関税の発動を免れる代わりに、米国産の牛豚肉や乳製品の一部にかかる関税をTPPの水準に引き下げたが、世界貿易機関(WTO)のルール上、保護主義色が強いと批判されており、本来は協定発効後4カ月、つまり今年の春には第2弾交渉を開始してより純度の高い自由化を目指すことになっていた。
トランプ政権は、昨秋の第1弾交渉で、コメの対日輸出拡大をあっさりと諦めている。TPPで日本が約束していた米国産のコメ7万㌧の無関税枠を要求しなかったのだ。その理由の一つとして、コメに関心があるのは民主党の牙城であるカリフォルニア州だけであり、同州の歓心を得ても自身の大統領選挙には何の役にも立たないという露骨な政治判断があったとされる。
TPP再交渉と日米貿易協定の第2弾交渉のいずれにせよ、民主党が政権を奪還したことで農産物の大産地であるカリフォルニア州の利害関係が通商交渉に反映されやすくなる。コメの対日輸出を拡大しても米国の貿易赤字の削減にはほとんど寄与しないが、自動車分野の交渉で有利な条件を引き出すために、交渉術として日本が「聖域」扱いとするコメを問題にし、政治的な揺さぶりを掛けてくる可能性は排除できない。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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