小さな農業に光を 里山再生ミツバチとともに 共同通信アグリラボ所長 石井勇人
2020.10.12
開発が中止になった山林や耕作放棄地をミツバチの助けを借りて再生する試みが、房総半島の内陸部、千葉県市原市北東部で本格化している。この秋には独自開発した「薫製蜂蜜」を商品化、養蜂を里山再生の収益の柱に育てる。(写真上:ミツバチの巣箱)
JR千葉駅から房総半島の内陸部へ約20㌔。丘陵の裾野に開発された団地が途切れると、風景は薄暗い山林や竹藪に一変する。2019年秋の台風による被害の跡も残っている。
同市の市東(しとう)地区では、1960年代に私鉄系の不動産会社が宅地開発に乗り出した。しかしバブル経済の崩壊で頓挫、水道や電気も整備されないまま40年以上放置されてきた。
そのうち212㌶の「開発放棄地」を、造園業などを手掛けてきた日本リノ・アグリ(市原市高倉)が中心となり、2013年に継承して再生に着手した。
同社の中村伸雄代表(写真上)は「子どもたちは都会に出て帰らず、子どものいない世帯が残っている。このような所はいっぱいある。何もしなければ全滅する」と危機感を強めた。
リノ・アグリの兄弟会社、ONE DROP FARM(ワンドロップファーム、同市高倉)は、里山再生の企画部門を担当している。豊増洋右代表(写真下)は大学卒業後、コンサルタント会社に就職、Mr.Childrenらの音楽プロデューサーを務めた一般社団法人ap bank(エーピーバンク)の小林武史代表と出会い、ap bankが出資したオーガニックファーム「耕す 木更津農場」の農場長に転じた。
そして「規模は小さくても生き残れるところをコンパクト農村として次の世代に残していきたい」と語る中村さんと出会い、「小さな農業に光りを当てることができるなら本望」と18年に市原市に拠点を移す。
造園を通じて花の知識が豊富な中村さんが養蜂を提案すると、豊増さんは「苦肉の策」と受け止めた。放棄地はすり鉢状の曲がりくねった地形で条件が悪く、規模の拡大による効率的な経営は難しいと感じていたからだ。
(写真:再生した放棄地)
試行錯誤が始まった。「蜂が住めなくなれば、受粉されず植物は育たず、食べものを得られない。私たちの生活に直結している」と豊増さん。
放棄地を耕し、菜の花やクローバー、ユリなどの種をまいた。アカシアなど蜜を採取できる花が咲く樹木を植え、ミツバチが住みやすい森に変えていく。
ミツバチを飼い蜂蜜を採り、菜の花の種から油を搾る。循環型の里山再生を目指した。
(写真:採蜜するミツバチ)
最大の課題は価格だ。収益を確保しようとすれば、輸入蜂蜜の10倍近い販売価格になってしまう。もう一つの課題は、日本では蜂蜜の利用シーンが少ないこと。
こうした悩みを抱えながら「ワインのように土壌や気象の違いを映した繊細な香りを感じてほしい」と、桜のチップを燃やした時の煙を生かす方法を模索した。
液体調味料の薫製技術を持つ地元の企業の協力を得て、日本初の蜂蜜の薫製に成功する。50㌘1500円で10月から、通信販売や道の駅での販売を始めた。一見すると少し色が濃い普通の蜂蜜と変わらないが、煙でいぶした深い独特の香りがする。
養蜂事業を本格化しようとした矢先の19年秋には台風が相次ぎ、土砂の崩落や倒木、農地や農道に被害が出た。条件が不利な中山間地での循環型農業のモデルになり得ると、農林中央金庫が1000万円を出資した。売上高が約3000万円の企業に対して破格の扱いだ。
社名の「ワンドロップ」には、蜂が集める1滴の蜜が集まると何十㍑にもなるという思いも込められている。「小さいところから世界に向けて発信していく」。「小さいところで目を見張るようなことをやれば世の中を変えられる」。そんな夢の実現に向けた現在地は「まだ2合目だ」と話す豊増さんは、チャレンジャーの厳しい表情になった。(文・写真 共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
写真のうち「ミツバチの巣箱」「再生した放棄地」「採蜜するミツバチ」「薫製蜂蜜」は
ONE DROP FARM提供
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