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飲食物は〝薬品〟ではない  畑中三応子 食文化研究家

2020.05.04

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飲食物は〝薬品〟ではない    畑中三応子 食文化研究家の写真

 今回、新型コロナウイルスをめぐるフェイクニュースに「このウイルスは耐熱性に乏しく26〜27度で死にます」「より多くのお湯を飲んでください」というのがあった。温度は「36〜37度」「57度」などのバリエーションもあり、「医療機関に携わる人からの情報」としてメールやラインで相当数が拡散した。(写真はイメージ)

 常識的に考えて、ウイルスが体温以下の温度で死滅するはずないが、不穏な時期に人はたわいもないデマでもうのみにしがち。お湯はいくら飲んでも害はなく、お金もかからないのでまだよいが、ビタミン類やサプリメントの過剰摂取は体に悪い場合があるから、用心が必要だ。

 明治時代、コレラの流行で大ブレークしたのがラムネだった。

 ラムネは、レモネードがなまった名前。ビタミンCの補給ができることから遠洋航海の必需品で、日本へはペリー米提督の黒船がもたらしたといわれる。最初のうちは「レモン水」、コルクを抜くときの音から「ポン水」、泡立つ様子から「沸騰水」の呼び名もあった。幕末、早くも横浜居留地に製造会社ができ、明治になると東京でも作られるようになった。

 コレラは江戸後期、初めて日本で発生し、幕末から明治に流行を繰り返した。特に1886(明治19)年の流行は激しく、全国で感染者が約15万人、およそ11万人が亡くなった。この年の夏は記録的猛暑で、生水や氷水をのむ頻度が高かったことが感染者を増やしたようだ。

 流行中、東京横浜毎日新聞に「炭酸ガスを含む飲料を用いると、コレラに侵される危険がない」という記事が掲載された。欧米で、水によく溶け込んでいる炭酸ガスは、菌類の増殖を抑えると考えられていたことが、情報源だったかもしれない。

 これをきっかけに、ラムネが爆発的に売れ、普及が一気に進んだ。製造に追われたメーカーは、それまでのコルク栓から能率のよい玉入り瓶に切り替えた。メーカーが急増し、粗製乱造の不衛生な商品が出回るというおまけつきで、以降は上中流階級はラムネを嫌い、サイダーを好むようになってしまった。

 ラムネに限らず、日本人は体によいとされる保健飲料への嗜好が強い。昭和20年代、戦後最初に起こった食のブームは、「ハウザー食」と呼ばれる、青汁とスムージーを合わせたようなミックスジュースだったし、牛乳は「完全栄養食品」として国民飲料の座をかちえた。

 高度経済成長期からは、小容量の瓶入り栄養ドリンクが人気を博し、その後もスポーツドリンク、豆乳、エナジードリンク、ヨーグルトドリンクなど、次々とヒット商品が登場。ここ数年は、「酵素がふんだんに取れる」がうたい文句のコールドプレスジュースが注目を集めている。

 だが、飲食物はけっして〝薬品〟ではない。一つのフードやドリンクに頼るのは逆効果だ。月並みなようだが、主要な栄養学者が提唱しているように、たんぱく質・脂質・炭水化物のバランスよく多種類の食品を食べるのが、体力を維持し、病気を防ぐためにはいちばんのリスクヘッジなのである。

(KyodoWeekly・政経週報 2020年5月4日号掲載)

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