暮らす

限界集落の救世主となるか「土佐ジロー」  沼尾波子 東洋大学教授  連載「よんななエコノミー」

2024.04.22

ツイート

限界集落の救世主となるか「土佐ジロー」  沼尾波子 東洋大学教授  連載「よんななエコノミー」の写真

 高知県安芸市畑山に県の地鶏「土佐ジロー」を味わえる「ジローのおうち」という宿がある。

 この宿にたどり着くのはなかなか大変だ。畑山は市の中心部から北に車で40分ほど山に入った地域にある。安芸川と崖に挟まれた道路は細く曲がりくねっている。車が擦れ違う幅もなく、対向車がいつ来るかと気が気でない。携帯電話がつながらない区間もある。

 だが、険しい道を進むと、やがて住居や畑が見えてきてほっとする。800年以上前から人々が暮らし、栄えた地域が広がる。

 かつて畑山村と呼ばれたこの地域は、1954年に安芸市に合併された。当時、畑山の人口は800人ほどだったという。だが、人々は次第に町へと下った。林業の衰退も拍車をかけた。現在、畑山の人口は20人程度である。

 元大工の小松靖一さん、元新聞記者の圭子さん夫妻は、この豊かな自然環境に恵まれた畑山で人々の暮らしの営みを存続し、次世代につなげていきたいという思いで農業法人「はたやま夢楽(むら)」を経営、生業(なりわい)の創出に取り組んできた。靖一さんは、鶏卵用に開発された「土佐ジロー」を食肉として提供することで限界集落からの再生を目指し、10年以上試行錯誤を繰り返しながら鶏舎を改良、今日の形に作り上げた。止まり木方式の休憩場所、運動できるスペースを分けて整備するなどして、見事な食肉用の鶏を育てる。

 圭子さんは宿の経営、広報などを担う。以前は市の温泉施設「はたやま憩の家」を指定管理者として運営していたが、3年前にクラウドファンディングで食事と宿を提供する「ジローのおうち」を自ら整備した。通販事業も手掛け、地域を守り、情報発信を行う。そのファンは多く、開業から約2年間で3500人が畑山を訪れている。

 宿にはたくさんの魅力があるが、やはり何といっても土佐ジローを丸ごと一羽食べつくす炭火焼きが素晴らしい。

 小松さん夫妻が手塩にかけて育てた土佐ジロー。その新鮮な肉を丁寧に炭火で焼いていただく。鶏冠(とさか)や白子などの珍しい部位を含む新鮮な土佐ジローの炭火焼きは、鶏肉の概念を変える逸品である。

 宿のお風呂とお手洗いも最新モデルが入っており快適だ。満天の星空、豊かな水資源。鳥のさえずりや、ひんやりする空気。五感が目覚めるとともに山村の自然を体感できる。

 日本各地に、豊かな自然に恵まれながらも人口減少が進み、消滅の危機にある地域が存在する。だがそこで生業を創出し、経済を回し、暮らしを守る。自然と向き合う知恵と技を駆使した「はたやま夢楽」の営みに、光を見た思いである。

(Kyodo Weekly・政経週報 2024年4月8日号掲載)

最新記事