香港のファンが支える「蟹王麺」 1968年発売、食感が魅力 NNA
2023.05.23

「蟹王麺」をご存じだろうか。兵庫県たつの市の食品メーカー、イトメンが製造する香港限定の袋入り即席麺。その歴史は香港で即席麺の代名詞となった日清食品の「出前一丁」をも超えるという、当地の市場を切り開いてきたロングセラー商品だ。にもかかわらず、知名度は香港っ子の間でもいまひとつ。独特の立ち位置を守りながら今年55周年を迎える蟹王麺の不思議な魅力を掘り下げる。
蟹王麺に出会ったのは、オフィス近くの食品小売りチェーン店だった。黄色い袋に真っ赤なカニの絵とロゴが印刷されたパッケージ。いかにも香港的かつ時代を感じさせるデザインだが、「日本製」の文字が目を引いた。(写真:NNA撮影)
製造元はイトメンとある。即席麺や乾麺を手がけるメーカーで、全国区ではないものの日本国内では「チャンポンめん」が有名。日清食品の「チキンラーメン」に次いで世界で2番目に即席麺を発売した会社としても知られる。
初めて目にする商品だったが、試しに買って食べてみたところ、つるつるとした麺の舌触りと弾力が絶妙。あっさりスープに付属のごまラー油がいいアクセントになっている。
イトメンの日本のサイトでは「取扱製品」に蟹王麺の記載はなく、パッケージには日本語で「1968年に香港で発売いたしました」とある。香港では有名なのかと思いきや、職場で20代から60代までの同僚に尋ねても「見たことない」「食べたことない」と口をそろえる。
おいしくて歴史があり、でも香港人にはあまり知られていない香港限定品ー。謎めいた存在にがぜん興味が湧いた。
販売元は海産物問屋
まず話を聞いたのは、蟹王麺の販売元となっている大隆行海産だ。香港島・上環に店を構える家族経営の問屋で、その名の通りアワビやナマコ、ホタテの貝柱といった海産乾物を主に扱っている。
蟹王麺が発売された68年は、日本で出前一丁が誕生した年でもある。日清食品の傘下ブランドでこちらも香港でロングセラーの「公仔麺」が現地生産を開始したのは69年。蟹王麺が当地の即席麺業界における第1世代であることは間違いなさそうで、大隆行を経営する余永佳(ジェフリー・ユー)さんは「うちが香港に即席麺を導入した元祖」と言い切った。
余さんによると、大隆行は父の代から日本産の乾物を扱っており、日本の華僑が経営する元記行(神戸市)から商品を仕入れている。即席麺を輸入するようになったのは、取引先である元記行からイトメンを紹介されたためで、蟹王麺はイトメンが海外向けに開発したオリジナル商品だ。元記行は今でも日本側で蟹王麺の輸出代理店となっている。
発売当初、香港では即席麺というもの自体が珍しく、蟹王麺はよく売れた。当時の販売ルートは主に「弁館」(香港におけるスーパーマーケットの先駆けとされる比較的大規模で高級な小売店)で、「街市」(公設市場)や「士多」(英語のストアを語源とする比較的小規模な商店)などにも卸した。往年の女性スター、森森さんを起用したテレビCMを流したこともあるという。
未開拓のブルーオーシャンだったためスタートは上々。ただ、そのまま天下取りとはいかなかった。大手企業が香港の即席麺市場に力を入れるようになったからだ。余さんは「コストも市場に投入できる量も違う。価格面で太刀打ちできなかった」と振り返る。
大衆食堂の人気メニュー
現在、蟹王麺のメイン市場は「茶餐庁」と呼ばれる香港式の大衆食堂兼喫茶店だ。特にもともと主要な販売エリアだった新界地区・元朗には、蟹王麺を看板メニューに掲げる人気店もある。
香港鉄路(MTR)朗屏駅からほど近い永順食店は、86年創業の老舗。ここの名物は茶餐庁の定番の一つ「サテー牛肉麺」で、東南アジアの串焼き料理「サテー」風味のエスニックなソースとからめた牛肉が麺の上に載った逸品だ。麺は蟹王麺を使っている。(写真:蟹王麺は原料にデンプンを使わない小麦粉100%が特徴で、食感の良さが常連客に好評だ=4月、NNA撮影)
麺料理に即席麺を使用することは今や香港食文化の一部だが、蟹王麺というのは珍しい。店主の陳さんによると「開業当初から使っている」そうで、当時は蟹王麺の知名度が今よりも高く、元朗で人気が高かったのだという。
茶餐庁の麺料理は一般に麺の種類を選ぶことができ、同店のサテー牛肉麺も麺を出前一丁や米線(ライスヌードル)などに変更可能だが、ほとんどの客は蟹王麺バージョンを注文する。陳さんは「蟹王麺は食感がとても良いのでリピーターが多い」と話す。
蟹王麺の現状は、月間の輸入・販売量が20フィートコンテナ2~3本程度と「即席麺としては多くない」(余さん)。小売りでは輸入食品チェーンの「優品360°」、スーパーの「百佳(パークンショップ)」や「恵康(ウエルカム)」の一部などで取り扱いがあり、マカオでも4、5店で売られている。
一方で市場にはさまざまな国、メーカー、ブランドの商品があふれ、大隆行が巨額の資金を投じて再び蟹王麺のマーケティングに挑むことはもはや難しくなった。それでも「蟹王麺は昔からのファンに支えられてここまできた。これからも茶餐庁などの業務向けを中心に安定した販売を続けていきたい」。余さんの今の願いだ。
では、そもそも香港限定の蟹王麺はどのようにして生まれたのか。(NNA 蘇子善、福地大介)
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