法廷闘争が残した負の遺産 誰も責任をとらない諫早干拓 アグリラボ所長コラム
2023.03.05
国営諫早湾干拓事業(長崎県)の潮受け堤防の排水門を開くか閉じるかで争われた訴訟は、最高裁が3月1日に「非開門」の判断を下し、約20年にわたる法廷闘争は事実上決着した。一度は「開門」で確定したはずの逆転に、「(国に)見捨てられた気分だ」、「立つ気力もない」という漁業者の無念や落胆は察するに余りある。(写真はイメージ)
福岡高裁は2010年12月、佐賀地裁の判決を支持して国に対して開門を命じ、当時の民主党政権は上告を見送った。ところが、14年1月に国はこの確定判決の「無効化」求めて提訴し、福岡高裁は昨年3月に開門を認めないと判決、最高裁はそれを追認した。
「開門」と「非開門」の正反対の司法判断が併存する「ねじれ」は解消したが、有明海の再生という根本的な問題は何一つ解決されず、長期間の法廷闘争は地元の混乱と分断を招いた。さらに「開門」という確定判決を覆した点で「法治国家とは何なのか」(山口祥義佐賀県知事)との批判を招き、司法の信頼は失墜、巨額の追加的な財政負担など負の遺産の山を築いた。
さらに深刻なのは、「非開門」の政策判断を下した「真の当事者」が明らかでなく、こうした事態を招いた責任をだれも問われないことだ。野村哲郎農相は、民主党政権が上告を見送ったことについて「最高裁までいかないうちに菅(直人)総理がストップをかけた。(中略)途中で(裁判を)打ち切ってしまったのはどうなのかと。そういったことで長引いてしまった」と批判するが、筋違いだ。
菅元首相は「今の立場で裁判所の判断を評価できない(中略)干拓事業は無駄な公共事業の典型で、潮受け堤防を造ったこと自体が間違い。その後始末として、このような司法判断がでた」(23年3月3日付読売新聞)とコメントし、政策判断の是非は別として、自身の見解を明確にしているだけましだ。
政権を奪還した安倍晋三政権以降の政府の対応はずっと姑息だ。期限の13年12月を過ぎても開門せず、国が確定判決に違反する「憲政史上初」の異常事態となり、漁業者側が申し立てた「間接強制」により、福岡高裁の「閉門」判決が出るまで制裁金を支払い続けた。累計で約12億円に達する。
一方、確定判決の「無効化」を求める訴訟では、裁判所がたびたび和解を促したのに「開門の余地を残した協議の席には着けない」などとかたくなに拒み、「開門」「非開門」の決着を司法に押し付けた。最高裁としても苦渋の判断だったに違いない。
この結果、誰がいつどのように「非開門」の政策判断を下したのか、固有名詞はまったく出てこない。本来、国が率先して漁業や地域再生に向けた対策を示し、漁業者らの理解を得るよう努め、できるだけ訴訟を回避しなければならないのに、不誠実の極みだ。
今後は、閉門を前提とした地域再生が焦点になる。閉門を求めてきた干拓地の営農者の中から「(漁業者が)今後も事業を続けられるよう、国がサポートしてあげてほしい」(3月2日共同通信配信)と思いやる声が出ているのは希望だ。
政府は、不調に終わった和解交渉の中で提案した総額100億円の漁業振興基金を軸に、できるだけ早く積極的な対策を示すべきだ。間違っても漁業者に支払った制裁金12億円の返還を求めるような訴訟を起こしてはならない。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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