「待つヒロイン」から「経済の担い手」へ CMにみる女性活躍の変遷 藤波匠 日本総合研究所調査部上席主任研究員
2023.03.13
動画配信サイトで、JR東海の古いコマーシャルが目に止まりました。山下達郎の「クリスマス・イブ」をバックに、恋人たちの駅での再会を描いたクリスマス・エクスプレスという、バブル期を代表するCMです。(写真はイメージ)
1988年から毎年1作品、全部で5パターンが作られました。中でも1、2作目は、ヒロインに深津絵里、牧瀬里穂が起用され、バブル時代の若者たちのライフスタイルともマッチし、記憶に残る作品でした。
気になったのは、両作品のキャッチフレーズに「帰ってくるあなた」という言葉が入っていたことです。すなわち両作品の基本コンセプトは、クリスマス・イブに東京などの大都市から新幹線に乗って帰ってくる恋人を駅で待つヒロインということになります。「帰ってくる」からには、恋人たちは同郷で、しかも上京前からの付き合いと推察されます。
ちなみに、1作目と2作目、さらには4作目でも、ヒロインが恋人を待っていたのは名古屋駅という設定です。これは、名古屋に本社を構えるJR東海のCMであったためですが、ではなぜ駅で待つのが女性だったのでしょうか。当時は、夢をかなえるために東京などの大都市に出ていく男性と、地元で彼の帰りを待つ女性というシチュエーションに対して、全く違和感なく受け止められた時代だったのだと考えられます。
統計からも、バブル経済時代は男性が大都市に向かい、女性が地元にとどまるという構図を見て取ることができます。当時の東京圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)の転入超過数は、男性が女性を明らかに上回っていました。
それを一変させたのが、バブル崩壊です。92年の東京圏の転入超過数は、男女とも大幅に減り、ほぼ同数となりました。翌93年はさらに減り、女性はどうにかプラスに踏みとどまりましたが、男性はマイナス、すなわち転出超過となりました。男性が、女性と同水準を回復するのは98年を待たねばなりません。
これは、バブル崩壊によって、若者が東京で仕事を得られにくくなったことに加え、10%台で推移していた女性の4年制大学への進学率が、90年以降上昇していったためと考えられます。女性の進学率はその後も上がり続け、近年は50%を超え、男性と同水準になっています。
そうした社会の変化を先取りするように、92年に放送された吉本多香美をヒロインに据えた5作目では、恋人に会うために、新幹線に飛び乗り名古屋に向かったのは女性でした。女性のほうが郷里を離れたカップルも、珍しくなくなりつつあったのかもしれません。
クリスマス・エクスプレスから30年、社会における女性たちの立ち位置は大きく変わりました。東京圏の転入超過数は、98年以降男女同水準にありましたが、2009年からは女性が男性を大きく上回って推移しています。
22年、JR東海は再び深津絵里をCMに起用しました。彼女が演じたのは、駅で彼氏を心待ちにする少女ではなく、出張先で男性の同僚と仕事をこなす一人の女性でした。CMが映し出したのは、夢をかなえるため、より良い仕事に就くために郷里を後にした女性が、経済を動かす担い手の一人に成長した姿にほかなりません。(敬称略)
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年2月27日号掲載)
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