命を守る責任 生かしてほしい大震災の教訓 小池智則 共同通信福島支局長
2023.02.20
日本大震災から12年。福島では今も住むことができないエリアが広く残り、住民の帰還に向けた取り組みが続いている。岩手や宮城はハード面の整備がほぼ終わり、それと知らなければ甚大な被害を受けたとは分からない風景も増えた。だが、大震災の犠牲者は2万2000人を超える。亡き家族を思う気持ちは今も変わらない。
宮城県大崎市の田村孝行さん(62)と弘美さん(60)夫妻は、震災の津波で長男健太さん=当時(25)=を亡くした。
健太さんは宮城県女川町の七十七銀行女川支店に勤務していた。2011年3月11日午後2時46分、女川町は震度6弱。地震発生時、支店長は外回り中だったが、すぐに戻り屋上への避難を指示。2階建ての支店の屋上は高さ約10㍍だったが、約20㍍の津波に襲われ、健太さんは亡くなった。屋上行きを指示した支店長も含め、行員の死亡・行方不明は12人。町全体では約800が犠牲になった。
支店のすぐ裏には、町指定の避難場所である高台があり、多くの人が階段で上がってきた。防災無線も高台避難を呼びかけ続けた。
銀行から高台までの距離は約260㍍で「走れば1分、歩いても3分」(孝行さん)。支店があった場所に立って見ても目の前だ。「なぜ支店にとどまり、高台に行かなかったのか。この行動がやむを得ないものだったとしてしまえば、今後も同じ悲劇が繰り返されてしまう」との思いから田村さん夫妻は12年、七十七銀行を提訴した。
銀行側はマニュアルで屋上も避難先としていた。一審仙台地裁は「20㍍近い高さの津波を予見することは困難だった」と請求を棄却。二審仙台高裁と最高裁も、銀行の責任を否定した。
約50分間校庭にとどまり、児童74人と教職員10人が津波の犠牲になった大川小(宮城県石巻市)の訴訟で、市や学校の過失を全面的に認めたのとは対照的に、企業の責任を認めるのに高いハードルを設けた形となった。
健太さんは「企業の管理下」で命を落とした。田村さん夫妻が一貫して訴えてきたのは「企業が従業員の命を守る責任」だ。一般社団法人「健太いのちの教室」を設立し、オンラインを含む現場での説明や講演活動を続けている。
「いのちの広場」と名付けた場所に、銀行の4人の遺族で慰霊碑をつくり「命を守るには高台へ行かねばならぬ」の文字を刻んだ。(写真:慰霊碑の前に立つ孝行さん(右)と弘美さん=1月6日、宮城県女川町、筆者撮影)
南海トラフ地震などを見据え、事業継続計画(BCP)づくりに取り組む企業が増えている。業務の継続が最大の目的だが、働いている一人一人の命を守ることにも同じように力を入れる必要がある。それが東日本大震災の教訓を生かすことにつながる。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年2月6日号掲載)
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