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目で楽しむ飲食店めぐり  昭和10年のスタンプラリー  植原綾香 近代食文化研究家

2023.02.20

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目で楽しむ飲食店めぐり  昭和10年のスタンプラリー  植原綾香 近代食文化研究家の写真

 スタンプ収集を始めて何年になるだろうか。全国の駅、名所、博物館、ホテルなどに設置されているスタンプを訪れた記念に押印する。地味な趣味だが、自分の軌跡ともいえる収集ノートは見返しても面白く、何より押印すると思ってもみなかったような美しい絵柄や構図が数センチの枠の中に現れることがあり、ロマンを感じさせてくれる。

 スタンプ趣味の歴史は古く1934(昭和9)年の新聞には、「日本スタンプ協会 会員募集」の広告がみられ、翌年には「近代趣味の大衆雑誌『スタンプ』」の創刊をしている。当時からスタンプには、名所、神社仏閣、温泉、旅館、ホテル、鉄道、船舶、料亭、百貨店、学校、遊園地などの種類があった。

 協会は「スタンプ大会」を上野広小路の博品館や東京日本橋高島屋などで主催し、現在にも行われているような商店とのタイアップ企画に近いスタンプラリーも開いていたようだ。

 特に興味深いのは日本スタンプ協会が協賛し、国民新聞社が開催した「大東京たべあるきのみあるきスタンプ趣味の会」だ。昭和10年に銀座の国民新聞社講堂で4日間だけ開かれたイベントは、東京市内の著名料亭、レストラン、カフェーのスタンプを無料で捺印してもらうことができた。

 会期中の紙面にはこの一覧が掲載され、80軒もの飲食店のスタンプを一堂に楽しむことができる。(写真:東京都立図書館所蔵のスタンプ帳「昭和十年東京うまいものスタンプ」(製作者など不明)から)

 高層で有名な相互館が描かれたフランス料理の第一東洋軒(写真上の右)、瓢箪の形のおでんのお多幸(写真下の左)、宮島の鳥居や紅葉を取り入れた牡蠣料理のひろしま屋など、どの絵柄も実に美しく抜群の構図が揃っている。

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 当時収集されたスタンプ集では、イベントで押印された49種類の絵柄に加え、ステッキをついたおじさんが嬉しそうに歩くイベント開催記念の印(写真上の左)もみることができる。新聞に掲載されたものと若干違うものもあり、さらに興味深い。

 これらのスタンプが常時店に置かれていたのかはわからないが、このイベントでは食事をせずに押してくれたので、いわば目で楽しむ飲食店めぐりのスタンプである。また料亭では、敷紙などに印判が押されていることがあるが、当時の食の雑誌によれば、料亭の印判を「料亭紋章」と呼び集めることを楽しみとする人もおり、「芸術的な気分を与えてくれる」ものだったそうだ。

 印自体の美しさやコレクションする面白みに加え、飲食店のスタンプ収集においては、関東大震災以降、東京に飲食店が爆発的に増加し、外食の喜びを享受し始めた背景は無視できない。さまざまなものを食べ歩く外食の楽しみがスタンプからあふれ出ている。これぞ現在のグルメスタンプラリーの先駆けと言えるのではないだろうか。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年2月6日号掲載)

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