埋没した消費者視点 生産最重視の食料安保大綱 アグリラボ所長コラム
2023.01.05
岸田文雄政権は昨年末に「食料安全保障強化政策大綱」をまとめ、「構造転換」を打ち出した。しかしその具体策は国内生産を最重視する内容で、従来の政策と本質的に変わらない。食料安保を強化するためには、視野の狭いたこつぼ型の発想から脱却し、貧困対策などと融合した総合的な政策が必要だ。
政府は昨年12月27日に「食料安定供給・農林水産業基盤強化本部」(本部長・岸田首相)を開催し、「過度な輸入依存からの脱却に向けた構造転換とそれを支える国内供給力の強化を実現する」とする大綱を決めた。
しかし大綱には肝心の「食料安保とは何か」という定義が書かれていない。いきなり冒頭の「基本的な考え方」の中で「食料安保の強化に向け(中略)農林水産業・食品産業の生産基盤が強固であることが前提となる」という見解を示し、本編で生産基盤の強化策を羅列している。
食料安保は国際社会では「安全で栄養価の高い食料に、物理的、社会的かつ経済的に常時アクセスできる場合に存在する」(国連食糧農業機関)と定義され、アクセス(接近)という消費者側の目線で捉えるのが常識だ。農機具を動かすのに不可欠なエネルギーや、外国人を含めた労働力はもちろん、環境、所得・貧困、科学・教育、政府開発援助(ODA)など外交政策と農業政策を融合する考え方も、もはや国際標準と言って良いだろう。
大綱は食料安保を極めて狭い内容に限定し、これまでの政策の検証や反省もない。「過度な輸入依存を脱却」する方針は、1999年に制定された現行の食料・農業・農村基本法に「(食料の安定供給は)国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄とを適切に組み合わせて行われなければならない」(2条2項)という表現で明記されている。
この狙いを実現できなかったのは歴代の政権であり、輸入に依存する構造に拍車をかけたのは環太平洋連携協定(TPP)などを締結して貿易の自由化を促進した安倍晋三政権ではないか。
大綱が羅列した具体策の大半は、これまでの農政の維持・延命策であり、「構造転換」とは言い難い。例えば「家畜の飼料の国産化」は、対処療法としては有意義だが、畜舎内で穀物飼料を与えて育てる畜産業を見直して放牧へ誘導することこそ、構造転換ではないのか。「スマート農業や輸出」「輸出促進」は、農業の成長産業化を掲げた安倍政権下の農政そのもので、新しさはまったくない。
「農林水産業のグリーン化」も2021年5月に農水省が策定した「みどりの食料システム戦略」の再掲だ。「コスト増加分を価格転嫁できる環境を整備」も含め、いずれも視点は生産側にある。わずかに末尾の「国民理解の醸成」の中で、子ども食堂や食品ロスについて短く触れているが、圧倒的な「生産基盤の強化策」の中に埋もれた形だ。
大綱が触れなかった食料安保の定義や抜本的な構造転換については、食料・農業・農村基本法の改正に期待するしかない。同法改正案に関して大綱は「23年度中の国会提出も視野」と記し、野村哲郎農相は「6月中にとりまとめたい」と、食料・農業・農村審議会の検討を加速する構えだ。わずか半年間の熟議を迫られた審議会の責任は重い。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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