「衣」から提案する暮らしの形 着心地がよく動きやすい「たつけ」 沼尾波子 東洋大学教授
2022.03.14
岐阜県の奥美濃のさらに奥、福井県との境に位置する石徹白(いとしろ)地区は、小さな山村集落である。人口は約250人、隣の集落から15㌔ほど離れた山深いこの地区は、白山信仰の拠点となった白山中居神社を擁する。
峠を越えるとポッと開ける異空間のようなこの集落には、縄文時代から人が住んでいたとの話もある。現在は、市町村合併を経て郡上市に編入されている。
先日、長良川鉄道で郡上八幡を越え、終点の北濃駅からさらにバスで小1時間、山深い峠を越えたこの地区にある石徹白洋品店を訪問した。
店はこの土地に移住した平野馨生里さん・彰秀さんのご夫妻が運営されている。石徹白地区で古くから伝わる民衣の再生とリデザインを行うとともに、「衣」を切り口に、石徹白の風土、文化、技術の継承に取り組む事業を展開している。
石徹白には上下合わせて五つの服が受け継がれている。これらの服は和裁の技術による直線裁断・直線縫いで、いかに動きやすい服に仕立てるかということが考え尽くされており、直線で断つことによって、布の無駄が一切出ず、環境負荷を最小にできる作りになっているという。
その一つが「たつけ」(写真:石徹白洋品店提供)。東北などで裁着袴(たっつけばかま)といわれるものの仲間だそうだが、相撲の行司さんがまとうものとは形状がやや異なっている。
試着してみると、なにしろ着心地がよく、動きやすい。見た目もおしゃれである。馨生里さんによれば、日本の人々が培ってきた和裁の「集大成」だそうだ。この土地の植物や、自ら栽培した藍で染めた布地も美しい。
布の無駄が出ない服を、土地にある植物の色で染めて作り、大切に使う。そんな自然のリズムと調和した暮らしの豊かさに触れたひとときだった。
馨生里さんは10年ほど前に、石徹白で生まれ育った当時80歳代の高齢者から、この土地の暮らしについて話を聞く中で「たつけ」を知り、その作り方を教わったという。
畑で育てた麻を手織りした貴重な生地を無駄なく利用して、動きやすいズボンを作る方法が試行錯誤の中で生み出された。「たつけ」は単なる商品ではなく、この土地の風土、そしてそこで暮らす人々の知恵や技術を体現するものだと感じたそうだ。
現在、製品販売のほか、その作り方をまとめた冊子の販売も行い、年間で1000冊を売る。
産業革命以降、繊維産業は一早く近代化、合理化が進んだ。いまや衣類はデザインの移り変わりの速さとともに、大量生産大量消費され、アパレル業は環境負荷の高い産業の一つといわれる。
石徹白洋品店の取り組みは、自然のテンポと歩調をそろえた持続可能な生産や消費、暮らしの形を「衣」から提案するものだといえるだろう。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年3月7日号掲載)
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