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何がめでたい「1兆円突破」  本質問われる農産物輸出  アグリラボ所長コラム

2022.02.05

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 コロナ禍が長期化し自炊する機会が増えた。「週末ぐらいたまには、すき焼きも悪くない」と買い物に出掛けたが、手に取った国産和牛を戻してオーストラリア産に変更。デザートもシャインマスカットは値段を見ただけで隣に並ぶチリ産レッドグローブを選んだ。「貿易の自由化で消費者の選択肢が増える」という状況は、本当に望ましいのか。

 2021年の農林水産物・食品の輸出額は前年と比べて25.6%も増え、1兆2385億円となり9年連続で過去最高を更新、政府目標の1兆円を突破した。少子高齢化の進展で日本の国内市場の縮小は避けられない。農業や食品関連産業が輸出に活路を求めるのは当然であり、輸出の増大自体は重要だ。

 主要メディアは「苦節15年」(2月5日付毎日新聞)などと目標達成をたたえ、農業専門紙も1次産品の輸出が「出遅れている」(同日付日本農業新聞)と、輸出促進にハッパを掛ける。輸出が農産物の価格を下支えする効果があるのは確かだが、消費者、生産者、農村などの地域の利益にどの程度貢献しているのかは、慎重に評価する必要がある。

 品目別トップの「加工食品」の輸出額は4595億円と、全体の37.1%を占める。その内訳のトップ5は、ウイスキー、ソース混合調味料、清涼飲料水、日本酒、菓子だ。日本酒や米菓などの例外はあるが、原料の多くは輸入に依存し国内の農業生産との関わりは薄い。しかも、円安だと原材料費が値上がりしてコスト高になる典型的な加工型貿易だ。品目別2位の畜産品(1139億円)も、飼料の大半を輸入に依存する一種の加工型貿易だ。

 輸出額の増加による消費者のメリットはもっと不明だ。「1兆円突破」について、農水省は「関係者の努力とこれまでの輸出促進施策の成果だ」(金子原二郎農相)と絶賛するが、増加の最大の要因は円安だ。通貨の実力を示す実質実効レートでみると、円は農物の輸出が増加基調に転じる約10年前と比べて約2~3割も安くなっており、最近はさらに円安が加速している。

 日本を「高級食材の生産基地」として位置付けているシンガポールなどからみれば「8掛け、7掛けのバーゲンセール」だ。デフレ下で円安が進めば、輸入原材料費のコスト高を国内販売価格に転嫁するのは難しく、ますます輸出にドライブが掛かる。円安傾向が続けば、「25年に2兆円、30年に5兆円」の政府目標の達成も可能だろう。

 これは本当に歓迎すべき状況なのか。少数の富裕層が消費する高級品を生産・輸出する一方で、消費者の多くは高品質の国産農産物に手が届かなくなり、少しでも安い輸入品を選び、国際分業と国内分断が加速する。日本の農業が国民の「食」よりも、海外の富裕層の「飽食」に奉仕する構図は「本末転倒」なのか、それとも「産業として成長するため当然」なのか。輸出戦略は金額ではなく、本質が問われるべきだ。

 そのための第1歩として、統計の公表の改善を求めたい。具体的には国内生産との関わりを重視し、加工食品の輸出額は「参考数値」として総額から外すべきだ。さらに、小麦や飼料など輸入原材料を輸出額から控除した「実質輸出額」を推計・公表するのが望ましい。少し専門的で複雑な計算が必要になるが、カロリーベースの食料自給率を計算する際に輸入飼料を控除するのと同じであり、不可能ではないはずだ。(共同通信アグリラボ所長・石井勇人)

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