ゲノム編集表示の義務化は必要 食品流通の本格化へ再考を 共同通信アグリラボ所長 石井勇人
2021.09.23
ゲノム編集技術を応用した食品が身近になってきた。血圧の上昇を抑える効果があるとされるGABA(ギャバ)を通常の4~5倍含むというトマトのオンライン販売が9月15日に始まり、翌々日の17日には、筋肉の成長を抑えている遺伝子の作用を止め肉厚に養殖したマダイの予約販売が始まった。
芽にたまる毒を減らしたジャガイモや、収穫量が増えるイネなどの開発も進んでおり、本格的な流通という点で今年は「ゲノム編集食品元年」になるだろう。
特定の遺伝子配列を改変するゲノム編集には、薬品や放射線の照射などさまざまな技術があるが、「クリスパー・キャス・ナイン(CRISPR Cas 9)」と呼ばれる革新的な技術によって実用性が一気に高まり、突然変異や何年も要する交配・選抜に頼っていた品種改良が、短期間でできるようになった。
ゲノム編集には、遺伝子配列を切断して変異を誘導するタイプや、外部の遺伝子を組み込むタイプがあり、「ゲノム編集技術と遺伝子組み換え技術は異なる」という理解はまったく間違っており、米国などでは「新GMO」とも呼ばれている。
日本では2019年10月、外部の遺伝子を組み込まないタイプのゲノム編集技術を応用した食品に関しては、厚生労働省に届けるだけで安全性の審査をしなくても流通できるようになり、表示義務も課されていない。
ただ、国際的な統一ルールがあるわけではない。オーストラリアは日本とほぼ同様の見解を示しているが、欧州司法裁判所は18年7月に「突然変異誘発に由来する生物はすべて遺伝子組換え生物である」という裁定を下しており、欧州では法律上、ゲノム編集食品は遺伝子組換え食品と同じ扱いを受ける。
「ゲノム編集と遺伝子組み換えを混同するのは間違い」という指摘もあるが、各国の定義や対応はばらばらで、日進月歩で変化する新しい技術に対して消費者が混乱するのは当然だ。食品としての安全性だけでなく、野外での意図しない交配などによる環境汚染の懸念も残る。このような状況下では、「ゲノム編集食品」という表示は不可欠だ。
高機能トマトやマッチョなマダイは、自主的に表示すると伝えられている。とはいえ表示にメリットがないと判断されれば、消費者は、どのように遺伝子が改変されたかも分からない食品を、何も知らされないまま食べることになる。
最終的な食品だけでなく、苗なども無表示の流通が可能だから、農家がゲノム編集だと知らないまま苗を購入し、栽培・販売することもありうる。このため生産者や流通業者が「ゲノム編集でない」と表示することすら困難になる。
政府は「ゲノム編集技術か、従来の育種技術かは、科学的に判別不能」と説明しているが、科学的、つまり遺伝子レベルで区別できるかどうかは、表示とは関係がない。例えば、有機農産物や産地は、遺伝子レベルでは区別できないが、生産流通履歴(トレサビリティー)によって、信頼性の高い表示制度を維持している。
消費者庁はトレサビリティーについて「取引記録等の書類による情報伝達の体制が不十分」と説明しているが、現状の不備を理由に表示を義務化しないのは本末転倒だ。情報技術(IT)やインターネットで多様なモノをつなぐIoTの進歩で、トレサビリティーは飛躍的に精緻化している。ゲノム編集食品の本格的な流通を契機とし、より厳格なトレサビリティーの普及を促すことこそ、消費者庁の本務ではないか。
農林水産省は農産物の輸出促進を優先課題にしているが、欧州などから「ゲノム編集でない」という証明を迫られたら、どのように対応するのか。
「技術立国」を目指し、他国に先駆けてゲノム編集食品の普及を図ろうとする意図があるのかもしれないが、消費者の知る権利・選ぶ権利を最優先し、現在のルールを再考して表示を義務化することが、遠回りのようでも普及に向けた最短コースだ。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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