「カロリーベース」の呪縛解け 新指標創設が急務 共同通信アグリラボ所長 石井勇人
2021.08.29
新型コロナウイルスの感染拡大やパラリンピックのニュースに埋没してしまったが、2020年度の食料自給率(カロリーベース)は、前年度より1㌽低い37%で過去最低の水準だった。少し前なら「自給率低下は日本の食と農の危機」と大きく報道されただろう。しかし大手メディアはそろって地味な扱いで、いわゆる「ベタ」(1段の短信)で処理した全国紙もあった。
「自給率はもはや報道する意味がない」という判断ならば、立派な見識だと受け止めたい。食料の国内供給力を判断する上で自給率は重要な指標だが、国際的には穀物自給率を重視するのが常識だ。ところが日本では独自に計算したカロリーベースの自給率が偏重され、自給を支える「指標のエース」としてコメの保護政策を正当化するのに利用されてきた。
しかし最近の自給率の低迷は「消費者のコメ離れ」が主因とされている。さらに、安倍晋三政権や菅義偉政権が推進している輸出や高級食材の生産を促す農業政策は、生産面でもコメ離れを加速する。日本の農業におけるコメの地位が低下するのに伴って、カロリーベースの自給率が見直されるのは当然の流れだ。
農林水産省もカロリーベースの自給率の限界を認識しているようだ。これまでも生産額ベースの自給率(20年度は前年度より1㌽高い67%)と、どれだけの食料を国内生産できるかを示す「食料自給力指標」を同時に発表してきた。
昨年からは、飼料自給率を反映しない「食料国産率」も公表している。カロリーベースで前年度と同じ46%、生産額ベースは前年度より1㌽高い71%だった。「これらの複数の指標を総合的に評価する」というのが、政府の公式見解だ。しかし、指標の乱立では混乱するばかりだ。
長年定着したカロリーベースの自給率から脱却するのは容易ではない。上記の5つの指標のうち、筆者が最も重要だと考えるのは潜在的な自給力を試算した「食料自給力指標」だが、計算が複雑すぎて普及しない。複数の仮定条件に基づく試算のため「現実的でない」という批判にも耐えられず、15年に公表された直後を除くと主要メディアはまったく報道していない。
参考までに、20年度はコメなどを中心に作付けした場合は1759㌔㌍ (前年度1761㌔㌍)、イモ類を中心に作付けした場合は2500㌔㌍(2562㌔㌍)といずれも低下傾向が続いている。農地面積の減少、単収の低下、労働力の減少が要因で、国内生産の「3重苦」を如実に示している。
カロリーベースの自給率には、もう一つ問題がある。「主要国の中で最低水準」と危機感が過度に強調され、食料安全保障と直結して扱われることだ。「いざという時に自給率が低いと飢える」というシンプルな主張が、その分かりやすさ故に説得力を発揮してきた。
本来、食料安全保障は幅広い概念で定義が複雑なため、食料・農業・農村基本法は食料安全保障という表現を使っていない。政府は同法2条(食料の安定供給の確保)に基づき「国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄とを適切に組み合わせる」ことを目指してきた。
コロナ禍で人の動きが制約される中にあっても、経済のグローバル化の勢いは衰えない。むしろデータなど情報の動きは加速している。こうした大きな潮流に対応するためには、カロリーベースの自給率の呪縛を解く必要がある。
食料の安定供給には「輸入及び備蓄」も重要であり、「適切な組み合わせ」(今風に言うならばシステム化)こそ、政策の核心であることを訴える新たな指標が必要だ。「食料自給力指標」を大幅に改良するなど、分かりやすい指標の策定を真剣に考える時期を迎えている。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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