北朝鮮「食糧難」は要注意 90年代は日米韓を手玉 杉田弘毅 共同通信特別編集委員
2021.08.30
北朝鮮が食糧難である。新型コロナウイルスや昨年の水害、今夏の干ばつが原因だという。(写真はイメージ)
金正恩・朝鮮労働党総書記は6月の党中央委員会総会で「食糧事情の切迫」を認め、7月には「戦争状態と変わらない試練」と危機感をあらわにした。
北朝鮮は寒冷地にあり農業に向いていない。冷戦時代はソ連の食糧援助に頼った。冷戦終結でソ連の支援が終わった1990年代には大規模水害で200万人もが飢饉で死亡したという「苦難の行軍」に見舞われた。
今回はどうだろう。韓国の推計では昨年の北朝鮮の国内総生産(GDP)は前年比4.5%減だった。「苦難の行軍」だった97年の6.5%減に次ぐ低さだ。実質GDPは2003年水準まで後退したという。金正恩氏の統治下では最悪である。
特に農林漁業は7.6%減で長引く経済制裁や水害、コロナ対策での活動制限が響いた。飢餓の発生が懸念されている。
しかし、北朝鮮が「食糧難」を言い出した時は要注意である。
「苦難の行軍」の時は、北朝鮮のアピールを受けて、日米韓の3国が協調して大量の穀物支援を行った。1994年に北朝鮮の核開発凍結合意ができていたから、北朝鮮と国際社会の関係は今と比べれば良好だった。
だが、国際社会には懸念があった。支援穀物が軍によって横取りされ市民に届かないというものだ。国際NGOの中には被害が集中した農漁村に入っての支援が許されていないとして帰国した組織もあった。
もちろん核ミサイル開発への反発もあった。
食糧支援と並行して北朝鮮は米国とのミサイル協議に応じたが、長距離弾道ミサイル「テポドン1号」を発射し日本列島を越えて着水させるなど、開発の速度は緩めなかった。また核開発の疑いがもたれた施設への立ち入りの見返りに米国からの食糧支援を増加させた。秘密裏にウラン濃縮型の核兵器開発に乗り出したのもこの時期だ。
結局、北朝鮮は食糧難を理由に穀物の受け取りで食糧事情を改善すると同時に、核ミサイル能力を全面的に増強させた。日米韓の人道外交は北朝鮮に手玉にとられ成果を上げなかった。
任期が残り9カ月となり南北関係を進展させたい文在寅韓国大統領、実務家による北朝鮮との対話重視を掲げる米バイデン政権のスタートなど、北朝鮮にとっては食糧難を理由に外交を仕掛ける好条件がそろった。
実際の動きも始まった。金正恩氏が韓国に要請した南北間の通信回線の復旧が7月末に実現した。韓国は北朝鮮の意向を受けて米韓合同軍事演習の縮小を米国に働きかけている。90年代の人道外交のむなしさを再び味わうのだろうか。
(KyodoWeekly・政経週報 2021年8月16日号掲載)
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