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「鎖国」に戻る気か  コメ先物市場の消滅  共同通信アグリラボ所長 石井勇人

2021.08.09

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「鎖国」に戻る気か  コメ先物市場の消滅  共同通信アグリラボ所長 石井勇人の写真

 大阪堂島商品取引所が申請したコメ先物取引の本上場が86日に不認可となった。同取引所は試験上場の延長を申請しないため、国内唯一のコメ先物は上場廃止となり、来年6月に消滅する。

 この唐突な結論に至るまでの経緯は謎だらけだ。農林水産省は「認可基準に不適合な点がある」と申請を葬り去り、上場廃止によるメリット、デメリットを明らかにしていない。

 取引所側から意見を聴取した5日には「(農水省側が)何か説明する場ではない」(同省担当者)と言い放ち「お上意識」丸出しだ。議論が深まらないまま重要な判断が下されたことで、農業政策決定の閉鎖性が改めて印象付けられた。

 謎の一つは、農水省に対して「厳正に判断するよう」申し入れた自民党内でどのような議論があったのかだ。政務調査会農林部会で本格的に議論した形跡はなく、「インナー」と呼ばれる農林議員の幹部で構成する非公式会合で「生産現場に不安を与えてはならない」という方針が決まった。しかしインナーの重鎮でコメ政策通の宮腰光寛元農林水産副大臣は5月に次期衆院選に立候補しないと引退を表明。「仕切り役」は不在で、どのような議論があったのかまったく闇の中だ。

 農業協同組合など生産者団体が農林議員に圧力を掛けたとする一部の報道もあるが、かつての「主食を投機の対象にして良いのか」というような声高な反対が燃え盛ったわけではない。秋の総選挙を控え、農村票の離反を恐れた自民党が生産者団体に忖度し「不認可」の流れが密室で決まったのが実態だ。

 もう一つの謎は、大阪堂島商品取引所がこれまで4回延長してきた試験上場を再申請せず、白・黒の決着を迫る捨て身の姿勢を貫き「完全撤退」を決めたことだ。インターネット金融大手のSBIホールディングスが資本参加し、20214月に同取引所が株式会社化したことが影響しているとみられるが、それにしても農水省と取引所が意思疎通を重ねていれば、もう少し建設的な議論ができただろう。

 最大の謎は、10年もの試験上場の間に、農水省は何をしていたのかということだ。コメの生産者団体や卸会社でつくる全国米穀取引・価格形成センターが解散した2011年以降、公設の現物取引市場は存在せず、コメは相対取引が主流になっている。

 現物取引市場が整備されないまま先物取引が続いてきたこと自体が、一刻も早く解消するべき「異常事態」だ。先物取引市場の消滅を受けて、ようやく自民党が「現物取引市場の整備の検討」を農水省に要請した。現段階では、コメの現物・先物取引市場について、どのような選択肢があるのかさえ不明だ。

 現物取引市場の整備は生産調整のあり方と表裏一体の関係にあり、容易でない。ただ、少なくとも形式上「コメの生産調整(減反)を廃止」(安倍晋三前首相)したはずだ。そうならば、米価の決定を透明性の高い「市場」に委ねるのは当然の流れだ。

 特に最近は稲作経営の規模拡大が進んでおり、収穫前に売上高を確定して計画的な経営ができるなど、生産者にとっても先物取引のメリットが強まっている。また、政府はコメの輸出を促進しており、米国、オーストラリア、タイ、ベトナムなどコメの輸出国は、日本のコメの価格動向を注視しており、価格形成の透明化が必要だ。

 大阪堂島商品取引所が扱ってきたコメの取引量は全体の流通量に比べれば微々たるものだ。しかし、先物価格は取引に参加しない関係者も無視できないシグナルであり、堂島は言わば「出島」のような貴重な公共財だった。

 密室で「出島」を潰す所業が、減反廃止、経営規模の拡大、輸出促進などを柱とする安倍農政からの政策転換として受け止められ、「鎖国に戻る気か」と思われてもやむを得ないだろう。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)

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