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直結する「産業のコメ」とコメ  発想の転換を迫られる食料安保  アグリラボ所長コラム

2021.07.26

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 東京五輪の開会式で、1824台ものドローンを使って市松模様のエンブレムが地球儀に変化していく巨大なオブジェが夜空に浮かび上がった。ドローンの急速な普及を示す演出に、今後も大量の半導体やリチウム電池が必要になると感じた。

 ドローンだけではない。自動車は「車輪が付いたコンピューター」という時代を迎え、「産業のコメ」と言われる半導体は、需要が急増して不足している。さらに、米国と中国の対立激化を反映して、経済を外交の武器に使う「エコノミック・ステートクラフト」(経済外交)や「経済安全保障」という考え方が台頭している。

 戦略的な物資を輸入に依存すると安全保障上危険だから、国内生産を保護・強化しようというわけだ。確かに、マスクやワクチンを輸入に依存した結果、新型コロナの感染拡大初期には場当たり的に「アベノマスク」が配布され、ワクチン接種が遅れるという苦い経験をした。

 以前から、国内生産の重要性を訴えてきた農業関係者にとっては「何を今更」と感じるかもしれない。しかし「経済安保」は必ずしも国産重視や保護主義に結び付くわけではない。例えばマスクの国産比率を引き上げても、その生産に必要な不織布などの原材料も国内で作らなければ、安全保障上意味がない。半導体やワクチンの製造プロセスはさらに複雑で、すべての関連資材を純国産化するのは不可能だ。

 グローバルな規模で張り巡らされたサプライチェーンは、鎖(チェーン)というよりは細かい編み目のようなつながり方に進化し、新型コロナの感染拡大でその傾向が加速している。

 もちろん食料もそうだ。作物を育てるのに不可欠なリン酸肥料やその原料のリン鉱石はほぼ全量輸入に依存しており、その9割は中国由来だ。トラクターなど農機を動かすのに必要な重油などの燃料はもちろん、労働力も外国への依存を強めている。

 家庭などで消費するコメは、ほぼ100%の自給率を維持しているが、資材や燃料の面では輸入に依存している。最近は経営規模の拡大が進み、情報技術(IT)を駆使したスマート農業への期待が高まっている。既にドローンは稲作の重要な農機具の一つになり始めており、「産業のコメ」(半導体)はドローンなどIT機材を通じてコメと結び付く時代に突入している。

 食料安保は、見掛けのカロリーベースの自給率の高低だけで議論してもほとんど意味がなく、その核心は、複雑化するサプライチェーンを確実に調整し、万が一調達ルートが分断されても、国内外どこからでも柔軟に調達先を切り替えられるようなシステム作りに移っていく。

 経済安保の課題はサプライチェーンの再構築であり、単純な保護主義ではない。半導体やマスクやワクチンの不足に懲りて、国内農業の保護に支持が集まると期待するならば、それは幻想だ。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)

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